空想お散歩紀行 犯人の瞳に映るものを
人間の活動が全て記録に残る、そんな技術が確立してからそれなりに年月が経過した、そんな時代。
人々は脳に埋め込む極小マシンのおかげで、PC等の端末を使わなくともネットに直接接続が可能になり、視界に様々な画面を立ち上げいつでもどこでも買い物や仕事等の作業が行えるようになった。
ドライブレコーダーのように、自分が見たものをそのまま外部記憶装置に保存も可能になり、まさに自分の人生をそのまま記録することが当たり前になっている。
そうなるとどうなるか、それはいつの時代も変わらない。
人々のより良い生活のために開発された技術は、自己承認欲求を満たすためのツールとなっていく。
「何だよ・・・これ・・・」
午前3:00。一人の青年が自室のPCの前で絶句していた。
彼の目の前にあるモニターに映されているのは降りしきる雨の中、地面を打つ水と、それに混じってどこまでも広がっていく赤。
彼が見ているのは、とあるネット上の動画配信サービス。
それは視聴者参加型のもので、これに登録した者たちの視界が数分おきにランダムで切り替わり、映像として映し出され共有される。つまり、他人の人生ののぞき見ができるという、トイレや風呂、ベッド事情など極めてプライベートな部分は映らないようになっているとは言え、お世辞にもいい趣味とは言えないサービスだった。
登録者数は1万人程度、この時代ではさほど大きな数ではない。登録しているのも、まだ人生に重要なものを抱えていない若者を中心に使われている。
彼もそんな若者の一人、大学の課題が一段落し、一息つくために動画を立ち上げた。
時間は午前3;00ということもあって、ほとんどの人は就寝中なのだろう、ただ真っ暗な画面がそのまま映し出されていた。
そりゃそうだと、動画を閉じようとしたとき、画面が移り変わった。
そこに映ったのは雨が降りしきる真っ暗な野外。
ちょうど彼の住む部屋の外も今、雨が同じように振り続けている。
「この近くかな・・・?」
自分が知っている場所かもしれないと、目をこらして暗い画面を眺めていると、そこにありえないものが映りこんだ。
「・・・・え?」
それは、人だった。雨打つ地面に横たわった、全身は見えないが、映っている腕の感じからして女性だろう。
こんな雨の中、地面に横になっているだけでもおかしいのに、さらにその女性の体の下から赤いものが広がっている。
その赤い面積が広がり続けていることから、まさに今リアルタイムで起こっていることを物語っていた。
「これって・・・血?」
彼は、さっと画面の隅に目をやる。そこには現在この動画に接続している人数が表示されていた。
8人。深夜ということもあってほとんど人はいない。
画面に映っている女性はピクリとも動かない。
それを確認したのか、視界の映像はその場から離れ始めた。そして画面は再び真っ暗なものへと切り替わる。
「・・・・・・」
彼は何も言葉が出なかった。自分は今何を見たのかまだ頭の中が整理できていない。
「ドッキリ?いやこんな時間にそんなことやる意味が・・・」
何とかして頭の中の自分が、今見たものが勘違いか、もしくは何かのイタズラだと結論を持って行こうとしていた。
だが同時にあれは、紛れもない現実だと告げる頭の中の自分もいた。
殺人事件?を目撃してしまった。いや、もしかしたら犯人の視界を見てしまった。少なくとも8人は。
頭の中がぐちゃぐちゃで、彼の思考はいまだ安定な場所に着地できずにいた。
だが、これはほんの始まりにすぎないことを彼はまだ知らない。
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