空想お散歩紀行 ブラックウィーク
「そっちに行ったぞッ!逃がすなッ!!」
深夜の街に叫ぶ声が轟く。
大勢の人間が走る音が、まるで豪雨のように闇を切り裂く。
その音が遠くに去っていくのを聞きながら、男はひとまず胸をなでおろす。顔は雨に降られたかのように汗だくだった。
男は逃げていた。もちろんそれには理由がある。
彼は犯罪者だった。強盗、スリ、万引き等の盗みを専門としていた。仕事の際、人を傷つけたことはあったが殺しは今まで一度もしたことはない。
くそっ、と男は一言舌打ちと共に吐き出すと、先程の音が去って行った方向とは逆に向かって歩き出した。少しでも離れるために。
彼を追っていた集団。あれは警察でなかった。
普通の一般人である。
かつてこの国では犯罪者に懸賞金が掛けられていた。凶悪犯ほど額は大きく、賞金稼ぎという専門職まであったほどだ。賞金稼ぎと言っても中身は犯罪者とそう変わらない者も多かった。
だが時代が進むにつれて、法も進化し、犯罪者を捕まえるのは国家権力の仕事となった。
しかし、時代の香りはいつまでも残り続けたのがこの国だった。
この国では年に一度、今の時期に一週間だけ賞金首制度が復活する。
その間は一般人でも犯罪者を捕らえることが許可され、犯罪者ごとに設定された賞金が支払われる。
もちろん殺しは許されない。生け捕りが絶対条件。そして逆に犯罪者に返り討ちにされ、怪我や最悪死に至ったとしても自己責任とされる。その条件を飲むことで一週間限定の賞金稼ぎに毎年多くの者がなっている。
理由は様々だ。金のためや、漫画や映画から影響を受けた幼い正義感からのヒーロー願望、犯罪の被害を受けた復讐。
お祭り気分で参加する者もいれば、この一週間のために独自に情報を収集して臨む者もいる。
実際にそれなりに効果があるのが、このイベントがいまだに続いている理由だ。
そしてこれが今週行われているのは、かつて賞金首制度が当たり前だった時代に、犯罪者が劇的に捕まり、街が綺麗になったことがあるのがこの時期だからだ。
街の人々はその一週間のことをホワイトウィークと呼んだのが始まりである。
そして現在に至り、男は逃げていた。彼ら犯罪者にとっては一年のうちで一番面倒な時期だ。だから彼らのような人間たちは、この一週間をこう呼んでいる。ブラックウィークと。
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