空想お散歩紀行 ジグソーパズルハート
「好きです!付き合ってくだッボアッハッアアアッ!!!」
その日、一人の少年が10メートル程、宙を飛んだ。
「うーん、今回もダメだったか。これで通算17回目の失敗。断られるまでの時間ではベストタイムだな」
ブツブツと呟きながら歩く少年。その顔には大きなバンソウコウが貼られている。
「前回は回りくどすぎたから、逆にどストレートで行ったけど、見事に打ち返されたな」
打ち返したのはバットではなく、右ハイキックだったが、彼はさほど体も心も傷ついていないように見えた。
「翔太、お前ホントに諦めが悪いよな」
隣を歩く友人の正人が心底呆れた表情で彼を見ていた。
翔太、高校2年生。彼は今恋をしていた。
相手は1学年上の先輩女子。
「いい加減諦めろって。て言うか、あの人をよく恋愛対象として見れるな。確かに美人だけど」
3年、城ケ崎円華。学校一の美人との評判だ。しかし、
「あの人、男を人間として見てるかどうかも疑問だぞ」
城ケ崎円華は、校内でその表情を崩したところを見たことがないと言われている。ましてや笑顔なんて誰も見たことが無い。
そこに、自分に言い寄る男に対する言葉や態度の数々。
そこから付いたあだ名が、氷の女王、嗜虐の
魔女、全身ドS、等々である。
だが、翔太はそんなことは全く気にしていなかった。
「何を言うんだ。マドカ先輩ほど心の綺麗な人を俺は見たことが無い」
「ええぇぇ・・・」
翔太が言う綺麗な心とは、決して彼の思い込みなどではない。
実際に彼は他人の心が見えるのだ。
それは、他人の考えていることが分かるということではない。
彼曰く、人の心はジグソーパズルのようなものらしい。
赤ん坊の頃はほとんど分かれていない、ただの板のようなものが、年齢を重ねるに連れて、様々な経験をしてピースが増えていく。
だが、ことはそう単純ではない。
そのジグソーパズルは一人一人形が違う。
それは、数々の成功、失敗、親や教師、友人といった身近な人から、偉人や有名人の言葉や経験、あらゆることから影響を受けて、ピースはポロポロと剥がれ落ちる。そしてそこに、本来の自分の形ではないピースが新たに無理やりはめ込まれていく。
だから、人々の心は歪な形をしているのだ。
歩いている翔太の目に、一人の女性が映る。
その人はおそらく社会人のようだったが、今まさに心のピースが次々と落ちていくのが見えた。
(あの落ち方は、何か嫌なことがあったな)
翔太はそれを、さみしい気持ちで眺めていた。
彼女はここから空いたピースの場所の別のピースがはめ込まれていくのだろう。それを人は成長と呼ぶのかもしれないが、少なくとも本来の形からは離れていく。
だが、あの人は違う。城ケ崎円華は違う。
同年代の女子よりも、3倍は多いと思われるピース数。しかもその全てが一切の歪みなく揃っている。
まさにThe・オリジナル!
「あんな綺麗な心を俺は見たことが無い。マドカ先輩こそ、俺の理想の人なのだ」
その声には、これからもアタックを続ける意志が手に取るように現れていた。
「いや、それはいいんだけど、お前あの人にコクり続けてるから、陰で何て言われてるか知ってるか?『突撃どM爆弾』だぞ」
「う・・・それはちょっとやだな」
ちょっとだけ足が止まりそうになったが、彼は明日もまた懲りずに、美しいパズルに触れるために挑戦するのだった。
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