空想お散歩紀行 剣の一族
長距離列車の客室。一番安く狭い部屋ではあるが、大人と子供が二人なら何とか休むことができた。
夜の闇の中を進む列車。その揺れる座席の上で一人の少女が寝息を立てている。疲れているのだろう、多少の揺れではその眠りは破られることは無さそうだった。
だが、その向かいに座る青年は窓の外を眺めたまま眠れぬ夜を過ごしていた。
歳が一回りは離れている二人が出会ったのは、ほんの一週間ほど前。
街中で怪しげな男たちに追われている少女を助けたのが始まりだった。
最初はちょっとした正義感だったのだと思う。だが、そこがお互いの運命の分かれ道だったのだ。
今二人が列車が向かっているのは、青年の師の所だった。その理由はこれまでのことと、これからのことの相談のためだ。
それを決めたのは今日のこと。出会ってからしばらく行動を共にしていた二人の所に、再び彼女を狙う追手が現れた。
この追手が思いのほか手練れで、青年は危うく殺されかけるところだった。
だがその時、彼にとって信じられないことが起こった。
突如、少女の目の前に光り輝く剣が現れ、不思議な力で青年を救ったのだ。
そのおかげで逃げおおせることができ、今に至るわけだが、彼の心は今確信を得ていた。
これが、彼女が狙われるわけなのだと。
彼は聞いたことがあった。『剣の一族』の話を。
その一族は産まれたとき、額に小さな角のような物があるという。それは4、5歳まで体と共に成長し、そして剥がれ落ちるそうだ。
だが、体から離れた後も、まるで心が繋がっているように本人と一緒に成長を続ける。剣として。
最初は短剣のようなもので、徐々に個性が出てくるらしい。
クレイモアのような大剣。レイピアのような細身の剣。波打つような刃の剣。まるでその人間の歩んだ人生、生き様が剣の形になったかのように、同じ形の剣は二つとして無いらしい。
そして、本人が死んだ後も剣は残り続ける。
だからか、歴史学者や民俗学者の間では凝縮され、形となった人生そのものとして見られているそうだ。
さらに、その一族の剣を芸術品として見ているやつらも大勢いると聞いたことが青年にはあった。
だとしたら合点がいく。今目の前で眠っている少女が狙われる理由。
今日目にした、あの純白に光り輝く、不思議な力を持った剣。
見た瞬間、美しいと思った。欲しがる人間がいるのもうなずける。
だが、だからこそこの娘をそんなやつらに渡してはいけないと彼は思った。
この少女の前にはまだ限りない人生が待っている。
つまり、これからも彼女の剣は変わり続けていくのだろう。
もし、あの純白の剣を欲しいと思うのなら、手段は簡単だ。
彼女を今の状態で殺すことだ。これ以上の不純物が彼女の中に入る前に。
敵の意図を予想すると、苛立ちが眠りを妨げてしまう。それでも彼は考えるのを止めることができなかった。
だが、同時に一つの思考に辿り着く。
自分が彼女を守りたいと思っているのは、あの剣を守りたいと思っているのではないか。
それでは、この娘を狙うやつらと根っこは同じなのではないか、と。
「させねえよ」
誰も聞く者がいない客室で、青年は窓の外で進んで行く暗闇にむかって呟く。
それが、誰に対してのものなのかは本人もはっきりとはしていなかった。
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