空想お散歩紀行 地獄2.0
その日、彼はかつてない緊張に包まれていた。
幼い頃から憧れて入った職場。そこで働くこと10年。ようやく自分の企画が通り、紆余曲折を経たが、今日その初お披露目となる。
(緊張する。上手くいかなかったらどうしよう)
もう何日前から同じことを考えていたか。目が開いている時間はずっと頭の隅に自分の成功と失敗のイメージが交互に何度も何度も繰り返し現れては流れていった。
(しっかりしろ。できる限りのことはやってきたんだ。人事は尽くした、後は天命を待つのみ)
彼は、一歩一歩を踏みしめながら現場へと足を運んだ。
そして、そこに広がっていた光景は、
「やった!やったぞ!」
彼の感情は、彼の意志を無視して口から飛び出ていた。
彼の眼下には、大量の苦しんでいる人間が広がっていたのである。
ここ地獄では、近年新しい苦しみが求められていた。
針の山地獄とか、血の池地獄とか古くから有名なものはいくつもあるが、いつまでもそれだけに頼っているわけにはいかない。
時代に合わせアップデートしていく必要が地獄にもあると考えた閻魔大王始め、地獄の首脳陣は何年も前から新しい地獄、地獄2.0計画に乗り出していた。
それからいくつもの新しい地獄が生み出され、本日、彼のアイデアが形となったのである。
彼が発案した地獄の一つはSNS地獄。
一日100本の投稿を罪人たちに強制するが、その全てに「いいね」が全くつかず、代わりに罵詈雑言ばかりがリプライとして返ってくるという地獄。
そして、もう一つはガチャ地獄。
欲しいものが出るまでひたすらガチャを回さなければならない地獄だが、何度も何度もガチャを回すも一向にレアは出ず、時折レア演出が出るものの、出てくるのは狙っているものではない、ということが繰り返される地獄。
現代の潮流を組み込んだ全く新しい地獄は、多くの者を苦しめることに成功はしたのだが、針の山や血の池に比べると画が地味ということで、地獄のメインを張るようなものには結局なることはなかった。
こうして今日も、日々時代に取り残されないように多くのアイデアが生まれては消えていっている。
だが、地獄を運営している者たちも、新しいものを作らなくてはいけないという、強迫観念地獄に巻き込まれていることには気付いていないのであった。
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