空想お散歩紀行 少子化問題に取り組む彼の言葉には血が通っている
社会には様々な問題がある。それは時代と場所を選ばない。そして社会から問題が無くなった時は一瞬たりとてない。
とりわけ、昨今において世界の至る所で問題となっている社会問題と言えば、少子化だろう。
だが、社会から問題が無くならないのと同時に、問題を解決しようとする者がいなくならないのも世の常である。
ほぼ毎日、日が落ちるくらいの時間帯になると、仕事帰りのサラリーマンたちの流れの中に彼の姿はあった。
彼は道行く人たちが自分の方には目もくれず、通り過ぎていくのを気にもしないで、ただその耳に届けばいいと、言葉を発していた。
議員として、政治に携わる者として彼は今日も演説を続けている。
話の内容は専ら少子化に対することである。
このままいけばこの国はどうなるか、これから自分たちは何を為すべきか。
不安と恐怖、希望や安心感を言葉の中で巧みに使い分けながら彼は少しでもこの問題に興味を持ってもらおうとしていた。
若く、白い肌で端正な顔立ち、冷たい印象とは裏腹に熱のこもった言葉は、宵闇が訪れようとしている街の中に妙に響いた。
彼の努力の賜物か、最近ではネットを中心にそれなりに知名度も上がってきている。
彼がこれほどまでに熱心になるのは、当然この国を想ってのこともあるが、それ以上にあるのは彼の身内のことであった。
彼は、人間ではなかった。
見た目こそ若いものの、彼はそれでも200年以上を生きる闇の中の住人、ヴァンパイアだった。
ヴァンパイア、吸血鬼の一族。その一員である彼が、わざわざ人間社会の、それも政治の世界に足を踏み入れたのはもちろん少子化問題を解決するためである。
なぜなら、この問題は彼らにとって食糧問題でもあるからだ。
当然彼らが欲するのは人間の血である。少子化が進み、人間の人口が減れば、それは彼らの食糧が減ることと同義だ。
特に若者が減るのは彼らにとって大きな問題である。ヴァンパイア個人の好みにもよるが、やはり老人よりかは若者の血の方が圧倒的に美味いのだ。
それに昨今の社会事情を考えて、ヴァンパイア側も配慮をしている。
かつて、人間にとっては大昔、ヴァンパイアにとっては一昔前は一人の人間が死ぬまで血を吸っていた。
だが、今はそんなことはしない。たった一回の食事で人間を殺していてはもったいないからだ。生かしておけばまた血を作ってくれる。ヴァンパイアの世界にも節制の精神が今の時代当たり前になっている。
だからと言ってそれでいいわけではない。根本的な問題は解決しなくてはならない。
彼は今夜も演説を続け、問題を訴える。
人間の世界では少子化が解決する。ヴァンパイアの世界では血の供給の不安が解決する。
共にウィンウィンのことだと彼は信じていた。
彼の言葉には、文字通り血が通っている。
その他の物語
https://note.com/tale_laboratory/m/mc460187eedb5
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?