空想お散歩紀行 シェアリングクライム
「何でこんな所に呼び出したんだ?」
「ここだったら他に聞かれる心配が無いからよ」
まあ、そうだよなと、男は思った。
特殊犯罪捜査課は、表向き警察の一部署でしかないが、その実、異常犯罪やサイバー犯罪など、通常の警察力では対応しきれないような案件を担当している。
そのため、構成員は少数精鋭。犯罪を阻止するために、時に警察が踏み込んではいけないようなグレーゾーンにも必要とあればためらいなく走り抜けるような、一般にはあまり知られていない組織だった。
今、ある個室にいるのは一組の男女。
二人は対照的な見た目だった。一人は大柄な男のグレイ。もう一人の小柄な女はティール。
そして彼女こそがこの部署を率いるリーダーだった。
ここは彼女たちの部隊の施設内にある彼女自身の個室だった。
「で?わざわざお前の個室に呼び出した理由は、愛の告白ってわけじゃなさそうだけど?」
グレイの冗談にも彼女は眉一つ動かさずに、話題に入った。
「今私たちが追っているプロメテアのことについてよ」
彼女たちは今、一つの事件を追っていた。
それは一体のアンドロイドのことであった。
プロメテア社製のボディを使っていることから便宜上そう呼んでいるが、おそらくその中身は違法に改造されたアンドロイドであった。
その一体が、数ヵ月前から犯罪を連続で起こし続けていた。
傷害、強盗、器物破損等、いろいろな犯罪現場でそのアンドロイドが目撃されていた。
「単刀直入に言うわよ。この一連の事件には特に繋がりはないわ」
「・・・何言ってんだ?」
グレイはあまりにも短い結論に首を傾げた。
「繋がりが無いって、同じアンドロイドが起こしてるじゃねーか」
「同じボディが犯罪を起こしている、というだけよ」
「おい、それって・・・」
ティールは一つ呼吸を入れて話を続ける。
「そう、中身が代わっているのよ」
「確かにそう考えれば、合点がいくところがあるな」
グレイにも思い当たるところがいくつもあった。
このアンドロイド犯罪が難航しているのは、その行動原理が理由の一つだった。
多くの人間に知られるような劇場型のものもあれば、ひっそりと隠れるように行われたものもある。
プログラムの暴走でめちゃくちゃになっているか、最初からそうするようにプログラムされているのか、いくつもの見解があった。
「確かに、アンドロイドをリモート操作しているやつが複数いるんなら、それぞれの犯罪に違いがあるのも分かる。でもよ・・・」
ティールの出した答えに一定の理解は示した。
確かにそれぞれの事件の色はもちろん、その際のアンドロイドの行動にも違いは見られた。
逃走の際、おそらくあらかじめ逃走ルートを決めていたのだろう。一切の迷いなく走る時もあれば、行き当たりばったりに逃げる時もあった。
だが、グレイは一つの疑問が新たに湧いてきたのに気付いた。
「それぞれの事件の傾向があまりにもかけ離れてねーか?性格も思想もバラバラだ」
「いいのよ。それで」
その疑問にティールは即答した。
「最初から共通点なんか無いんだから」
その言葉に一瞬、グレイは理解が追いつかなかった。
「共通しているのは、何か犯罪をしたいという意志だけ。その中身ややり方は一切問われていない。そんなやつらが一つのアンドロイドという道具を共有しているのよ。一台の車を他人どうしがシェアリングするようにね」
犯罪道具のシェアリング。昔だったらなかなかありえないだろうことだが、ネットやロボット技術、AI等が発達した現代だからこその犯罪形式なのかもしれない。
そこまで話が進んで、グレイが新たに疑問をぶつけた。
「待てよ。それが分かったんなら、なんでさっさとそれを捜査関係者に広げないんだ?」
ティールはそこからが本番だとでも言わんばかりに、声の調子を一段上げた。
「いくら犯罪の傾向がバラバラだからって、ここまで一人も容疑者が見つからないのはおかしいのよ」
「確かにな」
「これは私の勘だけど、たぶんその一味の一人に警察関係者がいるわ」
「なっ・・・ッ!!」
全くの想定外からの意見だったが、もし捜査員の中に犯人の一人がいるのなら、警察側の情報が漏れていてもおかしくない。
「一応言っとくけど、私たちの部隊に敵はいないわよ。全部調べたから」
「・・・・・・」
さらっと自分自身が洗われていたことに気持ちのいい感じはしなかったがしかたない。
今、彼女の個室で話しているのも、警察内部に敵がいるのなら盗聴も考えなければならないからだ。
「で?これからどうするんだよ?」
「私の考えが正しければ、私たちが握っているアドバンテージは、まだ相手に気づかれていないということよ。これを逆手にとって、やつらに踊らされているフリをして、近づき首を取る。今までコケにしてくれたお礼はたっぷりしないとね」
静かに微笑を浮かべるティール。それは、おもしろいイタズラを思いついた子供のように、無邪気で冷酷なものだった。
そして、これからの方針について二人は話し合いを始めた。
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