部活動、夏の空に向けて
「決めたッ!」
その日、天文部部長、松永琴音は部室で叫んだ。
同じく部室にいる他の4人の部員はそれぞれ携帯をいじったり、マンガを読んだりしていて大して反応していない。
「・・・少しはリアクション取りなさいよ」
「お前の言うことにいちいち反応してたら、キリがないからな」
他の部員たちも無言で首を縦に振っていた。
不満な表情が明らかに顔に出ていたが、琴音は強引に話を続けた。
「私たち天文部の夏に向けての予定が決まったわ」
天文部は部長を入れて全員で5名。海がすぐ近くにある、どこを向いても必ず緑が目に入るような田舎の高校。
豊かな自然が自慢と表向きは言えるが、逆に言えば他にこれといった長所がない。
そんな場所だから、確かに都会に比べて夜の星は圧倒的だ。
だが地元民からすれば当たり前すぎて、わざわざこの高校で天文部に入るのはむしろ変わり者ばかりだった。
「で?今度はどんなことやるんだ?一晩中耐久おにごっこか?B級SF映画耐久鑑賞会か?」
「あれはきつかったね」
基本この部活でやることは部長の琴音が全て決めている。天文部なので本格的な活動は夜だ。でも彼女はあまり星と関係無いことをやりたがるくせがあった。
「今度のはちょっと規模が違うわよ」
「毎回言ってるよな」
「それな」
部員たちの冷めた声を聞こえないふりをして彼女は高らかに宣言した。
「今年の夏の終わり、私たち天文部は宇宙に行きますッ!!!」
少しの間、部室に沈黙が流れる。まだ5月だというのに、30℃近い気温の今日。全開にされた窓のカーテンだけが風に揺れて動いていた。
「・・・どうやって?」
「もち、ロケット作って」
「あのなあ」
副部長の男子がこめかみに手を当ててため息をつく。
「そりゃ、100パー無理とは言わないけどよ」
人類の手が宇宙に伸びて既に数百年。宇宙に行くことはもはや当たり前の時代。
旅行はもちろん、小学生だって親の許可が出れば子供だけで宇宙に遊びに行ける。
しかし、そのための手段であるロケットやらスペースシップやらを自分たちで作って行くとなると話は少し変わる。
「自作ロケットで宇宙に行くこともできるけどさ、それやってるのって大学生からとかだぞ。もっと都会の、大学とかと連携してる高校ならまだしも、こんなド田舎でできるわけねえだろ」
「こんなド田舎だからこそやる価値あるのよ」
真正面から話している部長と副部長の外側では残りの3人の部員が小声で互いにささやいている。
「これって・・・」
「ああ、間違いなく進むな」
「どうなるの?これ」
部長が提案、副部長が反論。二人の言い合い。この時点で企画は実行に移される可能性が非常に高くなる。副部長がスルーすればそのまま流れるのだが、このことに本人たちだけが気付いていなかった。
「とにかく!打ち上げ日は8月27日。26日の縁日の花火大会の翌日!花火よりドでかいのを上げるのよ。最高だと思わない?」
既に琴音の頭の中では、実際に宇宙に行くところまでイメージが完成しているようだった。
一人上を見上げる彼女に対して、他の部員の視線は平行だった。
こうして、田舎の高校生のひと夏を掛けた一大企画が始まった。
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