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引退か、前進か。

「中学生の時よりも、高校生の時のほうがよく身体が動いた」みたいなことはある。

身体も成長する、体力はつく、できる技術もふえ、経験値も上がっていく。総体としての実力は間違いなく上がっている。

だけど細かくみていけば・・・・「中学の時にはできたのに、高校になるとできなくなる動き」だって本当はある。

その事実に自覚的ではない、というだけで、潜在意識下で「少し変えて」やっていたりする。

それを低下と呼ぶか、変化と呼ぶか、進化と呼ぶかはともかく、ブッダの説いた「諸行無常」の理のごとく、人間の脳も身体も変わり続ける。

身体をつかうパフォーマーたちは、不可避的にこの運命と相対することになる。

筋肉が、関節が、靭帯が、神経細胞が、静かに呟く。

「もう、前と同じようにはできないよ」


 8歳からカラテをはじめた僕はこれまで、ジュニア選手、一般選手、指導者、リングドクター、チームドクター、格闘技医学のオリジネーター、情報発信者、と、さまざまな立ち位置で、強さの追求に関わってきた。

幸運なことに40代からは海外からも招聘されるようになった。

オーストラリアにはじまり、香港、スペイン、コスタリカ、チリ、フランス、ギリシャ。2回行ってる国もある。

 ひとつの開催地で少なくとも3か国、多い時は10か国くらいから参加者が集まるので、さまざまな人種の2000人以上の実践者たちと、文字通りフルコンタクトで交流してきた。


日本発、格闘技医学を世界と共有する旅。

僕はこれをFightology Tour(ファイトロジー・ツアー)と名付け、ライフワークのひとつとしてきた。『ファイトロジー』とは僕の造語だが、もちろんプリンスの『ミュージコロジー』(音楽学)の純粋なパクリである。

 しかしファイトロジー・ツアーは突然、無期延期状態に陥る。2019年末、COVID19感染症による世界的パンデミックによって。

 臨床医としての僕は、クラスターとも戦わなければならなかった。重症患者と救急車に乗り、ICUのある大病院まで行ったことも。患者は守らねばならないが、かといって、自分が罹患すれば、家の中でクラスターが発生しかねない。仕事とはいえ、引き裂かれるような想いの連続だった。

 医療者の「割に合わなさ」を痛感した数年間、海の向こうには意識を置けなかった。行けないのに考えたくない。

「世界人口で日本語が通じる人はわずか3%に過ぎない」

 なんとか言語のバリアを超えようとしていた僕の活動のベクトルは、いつの間にか内向きとなり、発信も日本語オンリーになっていた。

だが、時間はどんどん過ぎていく。

コロナ禍前、まだ40代だった僕は、気づけば50代になっていた。このままファイトロジー・ツアーも終わってしまうのか・・・・。

「海外行脚は40代でやるべきミッションでした」

ってことにしちゃった方が楽なのかもしれない、とも思った。

 一方で、コロナ禍の数年間で新しくスタートしたこともいくつかあった。『強さの磨き方』そして『可能性にアクセスするパフォーマンス医学』という、それまでの範囲を超えるテーマの書をカタチにしたこともあって。僕の意識は次のステージに向かっていた。

 「そろそろ格闘技医学から卒業してもいいのかも知れない・・・」

そんな僕の感覚とは関係なく、「ぜひ練習させてほしい」って人たちがニュー・パワー・スタジオを訪ねてくる。レバノン、ドイツ、チリ、香港、コスタリカ、べトナム、フランス、ニュージランド、オーストラリア、スペイン、ギリシャ、ホンジュラス。地球儀、もう一回見直す。

うちは外務省じゃない。国際色豊かにもほどがある。
円安がインバウンドに拍車をかける(笑)


 ファイトロジーツアーで交流したみなさん周辺は「日本にいけば練習できる」と認識してるらしく、来日前にMeta経由で連絡がくる。イスラム圏からも、島国からも、南半球からも、Meta経由。やっぱグローバル企業は強い。

来日中、わざわざ訪ねてきてくれるわけだし、もちろん再会もうれしいから、なんとか時間を見つけては一緒に汗を流す。

「もう、前と同じようにはできないよ」

筋肉が、関節が、靭帯が、神経細胞が、静かに呟くけど、
それでも、結局、今の僕の身体でできることをやってしまう。

結局、引退できない。(Metaのせいか?)

 いまはもう「誰彼問わずスパーリング」はしないけれど(40代までで十分だ)、現地でお世話になった人たちとは「お互いの現在を確認する意味で」スパーをする。

もう20代、30代の動きにはならない。身体も、動きも、パフォーマンスも正直だから、僕はいまのベストをやるしかない。

 それでもファイターたちは、笑顔で帰っていく。練習後、固くなったハムストリングスとは裏腹に「ああ、やってよかったな、やっぱ好きなんだな」僕の心は踊っている。

こんな感じで過ごしていた、ここ最近の(格闘技ドクターとしての)僕だけど、つい最近、フランスのベルトウラ師範からメールがきた。

「5月にフランスに来てほしい。インターナショナルキャンプがあるからそこでFightologyをやってもらえないかい?イタリア、スペイン、ルーマニア、チュニジア、ベルギーからも参加予定、みんな待ってるから、ぜひ考えてみて」

人間、必要とされているうちが華かも知れない。

「もう、前と同じようにはできないよ・・・。だから新しいスタイルでやってみる」

 パフォーマンス医学を通過した新しいFightologyに向かっていく。そのためにも、身体をつくろう。動きをつくろう。健康を求めよう。

引退は白紙に戻す。でも過去をなぞるのもやめる。
今だからこそのNEW、に向かってみる。

最近、手にとったばかりの『アランの幸福論』にこう書いてあったっけ。

「幸福とは、行動している状態だ」

覚悟は決まった。

引退の反対は、続行じゃない。前進だ。

挑戦しないと、言葉が軽くなる。応援が弱くなる。
そんな自分は、どうにも居心地が悪い。

「息子さんも連れてきなよ、うちに泊まるといい。ノルマンディを案内するよ」

誇り高きフランス人、時に排他的と評されることもあるけど「仲間」と認めた人にはオープンマインドだ。きっと長男は学校じゃ学べないことを学んでくれるだろう。

僕の周囲には覚悟を決めて挑戦してる仲間がいる。
僕もその一員でありたい。

待ってろ、フランス。
長かった僕のコロナ禍がようやく終わりを告げる。


追記:アクセルが踏めたのは、パフォーマンスDojoの仲間たち、そして『13歳からの地政学』の著者である田中孝幸さんの影響が大きいです。みんな素晴らしく凄いのに、常に喉が渇いている。「前進」をみせてくれる。おかげで僕は再び「世界」を見つめることができました。


・パフォーマンスの最先端と共に


・格闘技医学、英語版とスペイン語版もあったりします。


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