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1‐3 動かせるのは筋肉だけ

 パフォーマンス、そして運動について考えるとき、重要な前提があります。それは「人間が意識的に動かせるのは筋肉だけ」という医学的事実です。

「筋肉」についてもっと専門的に書くならば、筋肉の中の随意筋群ということになります。随意筋群とは、自分の意思で収縮させられる筋群のことです。

 たとえば、「肘を曲げる」という運動をする場合、肘関節を曲げるのに関わる随意筋群が収縮して肘が曲がる、屈曲という動きが実現します。多くの随意筋群は端に行くと腱に変わり、腱は骨膜と呼ばれる骨を覆う膜にくっついています。脳から収縮の司令が出ると、筋肉は収縮し、骨も動く、というわけですね。


 眉毛を動かすのも、眉毛そのものを動かしているのではなく、前頭筋などの顔面にある表情筋群を、ステーキなどの食べ物を噛むのも、頭の側面にある側頭筋や顎の外側にある咬筋などの咀嚼筋群を、尿意を感じても排尿を我慢できるのは外尿道括約筋を収縮させているからです。

 これら随意筋群に対して、自分の意思と関係なく動く筋群を不随意筋群と呼びます。心臓を動かしている心筋、気管支を取り巻く筋肉、血管周囲の筋肉、消化管の筋肉、子宮の筋層なども、不随意筋群です。これらは、自律神経系を介して自動調節されています。

 ちなみに、ほとんど随意筋群で構成されている器官をご存じでしょうか? それは「舌」です。舌には舌骨という骨がありますが、舌骨は他の骨と連結をなしておらず、フリーで存在しています。そのような自由度の高い構造ゆえ、舌はとにかく可動範囲が広く、360度3次元全方向に動き、舌の形態自体も、運動によって簡単に変えられます。

 緻密に、器用に、しかもかなりのハイスピードで動かせる舌は、「人間にとって最も自由自在に動かしやすい器官」であり、「人体の中で最も運動が得意な器官」と言ってもいいでしょう。


 そんな舌の運動能力の高さをパフォーマンス向上に応用した例をご紹介しましょう。宇多田ヒカルやプリンスなど、世界的ミュージシャンたちのリズムを支えてきた天才ドラマー、ジョン・ブラックウェル。

YouTubeで“John Blackwell”で検索すれば「この人はいったい何本腕があるんだろう?」と疑いたくなるような〝千手観音プレイ〟がみられます。彼に超絶パフォーマンスの秘密を伺ったところ、このようにこたえてくれました。

「どんな複雑なビートでも、ボイスで表現できれば必ず演奏できる」

 脳から距離的にも非常に近く、運動が得意な口や舌。ジョンはこれらで先にビートやリズムを生み出し、上肢下肢を含めた全身運動に変換していました。

 もちろん彼の音楽的才能と不断の練習の掛け算であることは間違いないのですが、彼が体得した「まず口で運動して、それから全身運動にリンクさせる」手法は、全身運動が目指すべきお手本がすでにあるという点、そしてドラムとボイス、別々の運動が同期的に行われるという点において、非常に応用範囲の広いものです。


 サッカーでドリブルから流れるようにシュートにつなぎたいとき、ボクシングで速いジャブの連打からそのタイミング以外ありえないストレートを打ちたいとき、チーム全体で動きをシンクロさせたいとき、リズムに乗って勢いでもって一気に駆け抜けたいとき……など、口、舌、ボイスがパフォーマンスの力になってくれるはずです。

  繰り返しになりますが「人間が意識的に動かせるのは筋肉だけ」です。

  言い換えるならば、投げる、打つ、演奏する、あらゆるパフォーマンスはもちろん、食べる、飲む、座る、立つ、歩く、走る、といった基本的な動きまで、すべてのパフォーマンスは「筋肉をどう動かすか/どう動かさないか」に集約される、ということですね。

PS. 可能性にアクセスするパフォーマンス医学より

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