23-24AWメンズウェア展示会リポート①
シーズンごとにクローゼットにある服を全て入れ替える。そんな奇特な人は置いておくとして、多くの人は今っぽい服や小物を少しずつ買い足しながら、着こなしをアップデートさせていることだろう。だからこそ、シーズンごとに新味をもたらしてくれるキーアイテムが気になるところ。
パリコレ(正しくはパリファッションウィークと呼ぶけど、面倒なので従来の略称にて。東コレやミラコレも同様)に代表される海外でのランウェイショーが、トレンドの発信源となっていることには異論はないが、リアルクローズ志向が強いメンズではかなり影響力が低くなってきたように思う。ブランドの世界観や方向性を打ち出す点においてはランウェイいまだに有効な手法だとは思うが、実際に売れる服とは大きな乖離がある。
前置きが長くなってしまったが、いよいよ本題に入ろう。2023-24年秋冬の展示会はとにかく数が多かった。感染症対策が大幅に緩和されたことで、積極的にショーやプレゼンテーションを行うブランドが増え、特に新興ブランドと中堅ブランドの台頭が目立った。
23AWの展示会が催されるのは2月から3月。パリやミラノでランウェイショーやプレゼンテーションを行なったハイブランドと海外組が先陣を切り、その後に東コレ組が続き、独立系ブランドや小規模な新興系ブランドが続く。しばらく間を置いて5月になると、PR会社による合同展示会とセレクトショップの展示会で締め括られる。業界自体が縮小し続け、慢性的な人材不足に悩まされている国内の縫製工場は、コロナ明けでサンプル製作が急増したため、小規模なブランドほど展示会が遅れたようだ。
今回のリポートは主にドメスティックブランドが中心だが、いくつか海外のハイブランドやファクトリー系ブランドも含んでいる。なるべく足を運ぶように意識しているが、他の仕事やヘビーな案件が入った時には難しいので、こぼれてしまったブランドがいくつもあるのはご容赦願いたい。
なお、本稿は時系列で紹介していく形式を取り、最後にまとめを付け加えることにする。本当は最初に結論をズバッと言い当てた方がいいのだろうが、せっかくたくさんのブランドを見せてもらったので、なるべく多く紹介することにした。結構長い記事になるので、気になるブランドだけ飛ばし読みしてもらえればと。
また、これまでの仕事で得た経験を基に、それぞれのブランドに対する印象を加えているが、「それって、あなたの感想ですよね?」とひろゆきのように言われても仕方がない。なるべく客観的かつ普遍的な視点に努めても、どうしても主観や今までの評価が入り混じってしまう点はご容赦願いたい。
すでに早いブランドではデリバリーが始まっていて、店頭でも実際の商品を試着できるが、本格的なデリバリーはやはりお盆以降になるだろう。国内ブランドの動向や大まかなトレンドの把握、今シーズンらしいキーアイテム探しの一助になれば幸いだ。
2月2日
KIDILL
キディル
パンク、ニューウェーブ、ハードコアといったUKミュージックカルチャーからの引用を得意とする海外発表組。ショーの見せ方にも長けていて、メディアやバイヤーから一定の評価を得ている。スケートボードカルチャーを取り上げた今季も安定感のある仕上がり。毒気のあるグラフィック、DCシューとのコラボによる過激なスタッズスニーカー、ダボっとしたオーバーサイジングなど、このブランドらしさは今季も全開。好き嫌いがはっきりするブランドではあるけれど、ここまで強烈なインパクトを放つアイテムを作れるブランドは数少ない。街中で着るには気合いが必要だが、カルチャーを背負った緊張感のある硬派なブランドは貴重な存在。
M A S U
エムエーエスユー
若手デザイナーの中でも勢いがあると評されているブランド。デザイナーズブランドのヴィンテージ販売に携わってきた後藤慎平氏がデザイナー。テーラードジャケットにチュール素材を重ねてグリッターに仕上げたり、メルトンのコートにフロッキープリントを散らしたり、大胆なグラフィックやウィメンズ風のレース使いやカットアウトなどが目を惹く。90年代のデザイナーズブランドの雰囲気を今のストリートな感覚に落とし込んでいるのが魅力だ。ベッドフォードに代表される“着飾る男服”という方向性、実際に買える金額設定、ジェンダレスなデザインが成功している要因なのだろう。たしかに勢いは感じられたけれど、このまま成長を続けられるのかは未知数。ちなみに公式サイトはまだ無い模様。
2月3日
AndWander
アンドワンダー
“街中で映えるおしゃれなアウトドア服”。この動きは20年以上前からあるけれど、気候変動の影響もあり、ここ数年前から本格的に加速した。「アンドワンダー」もそのひとつ。マウンテンパーカやフリースやダウンといったアウトドアの定番を軸に、防寒素材のハイキングパンツや数々のコラボによる小物を展開。スッキリとしたシルエットながらも、可動域をしっかり確保しておりストレスのない着心地に。今季はテントやシェラフ、さらには薪バッグやカトラリーなど、多数のキャンプギアが追加されて充実の内容。メゾンキツネ、スブ、サロモンなどコラボも多数。雨後の筍のように出現しているアウトドア系の中では、抜群の存在感と安定感がある。やはり、アングローバルの傘下に入ったことも影響があるのだろう。
HENDER SCHEME
エンダースキーマ
このブランドは撮影NGなので写真はなし。
いつも通り、バッグやシューズを主軸にしたレザーアイテムの展開。財布やバッグなど日常生活で欠かせない小物を、ミニマルなデザインにまとめ、国内生産でていねいに作り上げている。得意とするシューズに関しては、バックルやソールなどパーツ選びが秀逸で、今季はモカシンタイプのデザインが特に良かった。その他に注目すべきは、さまざまなフォルムで形作られた花器。見ているだけで楽しいし、インテリアとの組み合わせ次第で生活に彩りが出そうだ。あくまでプロダクトが主役で、アノニマスなブランドイメージが成功の秘密なのかも知れない。最近はギャラリーを作って、アーティストを招聘した展示を行ったりと話題性も充分。どんどん海外へ販路を広げて成長していって欲しいブランドのひとつ。
2月7日
ALKPHENIX
アルクフェニックス
スキーウェアで有名な「フェニックス」が母体となり、ファッション性を打ち出した別ブランドが「アルクフェニックス」。カテゴリーとしては、“街中で映えるおしゃれなアウトドア服”で、当然ながら秋冬は中綿入りのジャケットやコートが主役。バックパックに変形したり、上下セパレートになったり、ジッパーでシルエットを変化させたり、さまざまなギミックを盛り込んだデザインが面白い。とは言え、先行しているホワイトマウンテニアリングやアンドワンダーらと比べてしまうと、やはりまだオリジナリティに欠ける。ブランドの核となる不動の定番アイテムを作り出す必要がありそう。リブランディングはまだまだ道半ばといったところか。
2月8日
JUNYA WATANABE MAN
ジュンヤ ワタナベ マン
独創的でありながらもウェアラブルという、匙加減が絶妙なジュンヤ マン。樹脂製のプロテクターを製造しているドイツの「インナーラウム」とのコラボによって、テーラード、ミリタリー、ワークを再構築。多くのアイテムがブラックに揃えられ、プロタクターパーツが随所に加えられている。SWATのユニフォームのようでもあり、サイバーパンク映画で描かれてきたディストピアな世界観も醸し出している。それでいて、衣装のような滑稽さは微塵も感じさせないところが絶妙。ファンには馴染みの「ザ・ノースフェイス」「リーバイス」「ニューバランス」といったコラボに加え、「パレス スケートボーディング」も登場。
ATTACHMENT
アタッチメント
東コレにも参加して、改めて存在感を発揮。デザイナー交代によって、得意としてきたアイテムやデザインを継承して、若返りに成功しつつあるブランド。新任デザイナーの榎本氏は、前任の熊谷氏在籍時からアタッチメントのデザインに関わっていたのでごく自然な流れだし、今求められるシルエットや素材感をアタッチメント流に落とし込んでいる。線維商社大手のヤギの1ブランド(ソロイストも同傘下)になったこともあり、独自開発の生地でアドバンテージがあることも大きな魅力。経営的にも安定し、プライスゾーンも魅力的。設立から20年以上も経過すると、顧客とともに先細りしてしまうブランドが多い中、数少ない成功例のひとつ。写真は撮り忘れてしまった。
TOGAVIRILIS
トーガビリリース
元々はレディースブランドで、2011年から展開しているメンズラインが「トーガビリリース」。過去にも何度か展示会にも足を運んだことはあるけれど、このブランドのアイコンであるコンチョを使った小物類と、シグネチャーアイテムであるウエスタンシャツは、やっぱりいかっこいいとしみじみ。他にもグラフィックを配したシャツや独特な色使いのニットなどが多数あり、一筋縄ではいかないクセのあるアイテムが面白い。リアルクローズとデザイナーズらしさのちょうどいい塩梅は、「サカイ」や「カラー」に通じるものがある。
TAAKK
ターク
コロナ禍とほぼ同時にパリコレに参加するようになり、着実に知名度と評価を上げている中堅。テーラードをベースに、独自開発した技法によってギミック溢れるデザインを展開。織りによって、テーラードジャケットとMA-1を織りによって合体させたブルゾンや、コーティングによって上半身をレザーのように仕上げた切り替えのコートなどが目を引いた。ゴッホからインスパイアされたというグラフィックも挟みつつ、一筋縄ではいかない素材使いと、特殊な技法を駆使したコレクションはどれも力作揃い。海外での販売も順調に伸びているそう。
MOUNTAIN RESEARCH
マウンテン リサーチ
母体となる「ジェネラルリサーチ」の始動から数えると、ブランド設立からそろそろ30周年を迎えようとしているベテラン。創設者の小林節正氏がデザイナーを長年勤めていたが、数年前に安倍昌宏氏にバトンタッチしたそう。ブランド名通り、山歩きやキャンプにも着ていけるファッションスタイルを提案。そう考えると、近年盛り上がっている“街中で映えるおしゃれなアウトドア服”のオリジネイターでもある。特に際立った特徴があるわけではないのだが、やっぱりちょっと普通じゃない。全体的なアプローチは街着寄りで、ローテクなアプローチを得意とする。鮮やかな色合いのフリースカーディガンやAlternativeと刺繍されたキャップがグッと来た。
BED J.W. FORD
ベッドフォード
歩きで展示会をひとしきり回って、喫茶店でブレイクしてから「ベッドフォード」のショーに出席した。国内の中堅ブランドで今最も勢いを感じさせるブランドで、このショーを境に発表の場をパリに移すそうだ。テーラードアイテムを中心に、ブーツカットのパンツやウィメンズのワンピースのようなロングシャツが人気。ランウェイは代官山蔦屋書店向かいの老舗レストランASOで行われた。『星の王子様』に影響されたというデザイナーが披露したのは、計算されたシルエットバランス、やりすぎないジェンダレスな提案、レイヤードの巧みさが際立つコレクション。ポイントとなるのは随所に入れ込んだラメ素材のニットと、ジャケットやコートにあしらわれたバラの造花。後期のナンバーナインにも通じるナイーブな男性像を、今のフィルターで表現しているように感じた。ショーの最中は写真を撮っていなかったので、こちらでは先日オープンしたばかりの旗艦店の写真を入れた。
2月10日
UNDERCOVER
アンダーカバー
単純に服としてかっこいい。思わず手に取って袖を通したくなるという点で、今季のアンダーカバーは非常に上手くまとめられたコレクションとなった。ショーに華を添えるコレクションピースは控えめで、かなりリアルクローズ寄り。「キジマタカユキ」とのコラボによるハットを含め、手の込んだ刺繍やワッペン使い、程よいダメージ&ペンキ加工など、コーディネートに取り入れやすいアイテムが多数。ボトムスはやや細めでトップスは少しだけボリュームを持たせたシルエットの提案も、多くの人に受け入れられやすいだろう。やっぱりベテランはそつがない。
WHITE MOUNTAINEERING
ホワイトマウンテニアリング
コロナ禍において最高潮を迎えたキャンプブームはやや沈静化したとは言え、ファミリー層から若年層まで多くの男性に支持され続けている。そうしたアウトドアアの要素とハイファッションを融合させた先駆的ブランド。透湿防水素材や保温性に優れた機能的素材を多用しながらも、多彩なグラフィックや切り替えで、ファッションとして成立させる手腕は今季も健在。街中で着るハイスペックライン「BLK」が復活したのもファンには嬉しいところ。「ダナー」や「メレル」とのコラボによるブーツなど、悪天候化で頼りになるギア的アイテムも充実。“街中で映えるおしゃれなアウトドア”は、ちょっとマンネリ化してきたカテゴリーではあるけれど、当たり前すぎるアウトドアブランドでは満足できないこだわり派にとっては貴重なブランドだ。
KOLOR
カラー
パリで発表したコレクションを展示会でじっくりと拝見。アシンメトリー、インサイドアウト、多数の切り替え、意図的なアンバランスなど意欲的な取り組みが見受けられた。ジャケットやコートの多くはボリューム感のあるオーバーサイズが多数だが、実際に袖を通すと意外なほどしっくりくる、計算されたシルエットにまとめている。「カラー」のいちファンとして敢えて苦言を呈すると、要素が多すぎてガチャガチャした印象を受け、策士策に溺れるという言葉が頭をよぎった。という訳で、写真は撮っていない。ちなみに、次シーズンの24SSは面白かったので一安心だ。
D-VEC
ディーベック
キャンプの次に来るアウトドアアクティビティとして注目されていたフィッシング。クリエイティブディレクターに佐藤可士和氏を招き入れ、ダイワ精工からグローブライドへと生まれ変わったタイミングでローンチしたファッションブランドが「ディーベック」。釣道具で圧倒的なシェアを誇るダイワのDNAを宿しながら、ハイファッションとして通用するアイテムを展開。このブランドも“街中で映えるおしゃれなアウトドア”路線で、東コレに参加したこともある。ビームスとグローブライドの協業によるカジュアル路線の「ダイワピア39」とは違って、かなりモード寄りなアプローチ。今季も透湿防水素材のアウターは継続しつつ、海中に廃棄された網から再生したナイロン素材などを使用してサステイナブルな提案も行っていた。しかしながら、どれもが以前よりも薄味に感じたし、想定内のデザインだった。以前、仕事でお世話になったこともあるし、生産背景がしっかりとしている分ポテンシャルを秘めているので、頑張って欲しい。