ばあちゃん、みてね
「みてね」というアプリがある。mixiが開発したアプリで、赤ちゃんの成長を家族や親戚にシェアすることに特化したサービスだ。基本的には無料で使えるが、アップされた写真を元にみてね側でグッズを作ってくれたりする。さすがネットの一時代を築いた一流企業だ。ビジネス巧者である。
我が家ももちろんみてねアカウントを作っている。みてねが人気の理由はデザインがシンプルである点だろう。これは当然の戦略で、孫の顔を見たい60歳以上のユーザーが多いからだ。グループには僕と妻の両親だけでなく、妻の祖母、つまり息子にとっての曾祖母「あみばあちゃん」も参加している。
あみばあちゃんとは結婚の挨拶のため一度だけ挨拶したことがある。耳が少し遠くなってきているらしいが、身体はまだまだ元気なようで最近まで車を運転していたらしい。
「あみばあちゃん、拓郎くんだよ!結婚した人!」
妻は大きな声であみばあちゃんに伝わるように僕を紹介してくれた。
あみばあちゃんはひ孫の誕生をとても喜んでくれているようで、赤ちゃんの写真を見るためにわざわざスマホを買い、ラインの使い方すら分からないのに、みてねは使いこなしているようだ。
「最終ログインの時間、おばあちゃんいつも1時間以内とかだよ」と妻から報告を受けることが多く、それだけでも息子が生まれてきてくれてよかったなと思う。
あみばあちゃんは写真にコメントもしてくれる。ただスマホの使い方に慣れていないので、うまく入力できない。まず、コメントしようとするその心意気に敬服する。
おそらく「顔が細くなってきたね」と言っている。読めるぞ。全然読める。コメントありがとうございます。
いや、ちょっと待てよ。
みよって誰や?
メンバーの構成上、おばあちゃんしか考えられないが、名前は「あみ」じゃないのか。このコメント欄のバグが何かだろう。僕は気持ちを整え、アプリのトップに戻る。
いる。知らない人が紛れ込んでいる。しかも32分前にログインしている。みよという名の部外者がアプリに侵入しているのだ。そう考えるとさっきのコメントも見え方が変わってくる。
これ、何かの怪文書なんじゃないだろうか。50音を一つずらすと脅迫文になっているとか?赤ちゃんの写真を挙げるだけの、この世でもっともピースフルな空間を乱そうとしている人がいる!僕は慌てて妻に報告した。
「この『みよ』ってだれ?知らない人が混じってるYo!」
「あー、それおばあちゃんだよ」
「どの?」
「あみばあちゃん」
「あみばあちゃんがみよ!?」
僕はひどく混乱した。一体何が起きているのか。
「おばあちゃんの名前はあみじゃないのか?」
「あみはおばあちゃんが飼ってた猫の名前だよ。だからあみばあちゃん」
飼ってた猫!?そんなことがあっていいのだろうか。
まだ「編み物が好きだから」とか「髪の毛を編み込んでいるから」とかなら分かるのだが、それはもうただの猫の名前だろう。生前の志村けんさんのことを「パンじいちゃん」と呼んでいる人がいたか?僕の知る限りではいない。
ちなみに亡くなった父方の祖母はチャコという犬を飼っていたことから「チャコばあちゃん」と呼ばれていたらしい。もうお手上げだ。
僕だけでもみよばあちゃんと呼んであげよう。