運の呼び込みかた
「バンドは運がないと売れない」という言説がある。
それと「バンドは行動力がないと売れない」とも言われる。
「どっちもない私はどうすればいいのよ‼️」という話をしたい。
まず『運』がないとそもそもバンドなんて続けられないし、人災や災害に巻き込まれたりも「バンドは運がないと売れない」という言説がある。わりと同意である。
ていうか『運』とは何だろう。
ラッキー、アンラッキーとあるけれど、普段そこまで意識していない。
意識しまくって朝の番組の星座占いに人生を賭けているひとよりはマシかもしれないが…
では『運』について考えてみたいのだが、まず物事には【自分でコンロールできるもの(コントローラブル)】と【自分でコンロールできないもの(アンコントローラブル)】の二種類がある。
雨が降ることはアンコントローラブルだけど、濡れないために傘を持っていくことはコントローラブルということだ。
文章で見ると「いや、傘持っていかないやつアホやんwww」と感じるかもしれないが、この「アンコントローラブルなことで頭を抱える」という構造は実社会でけっこう普通に発生している。
「職場にいる性格が最悪な上司にいつもイライラしている」なんていう案件は一見、アンコントローラブルに見える。上司の性格を変えることは不可能だからだ。
しかし建設的に考えていくと、人間関係の問題すらもコントローラブルに変わってくる。
たとえば転職するだの、上司にちゃんと言うだの、会社自体に言うだの……なんでもいい。状況さえ変われば何でもいいのだ。
自分の行動でどうしようもないトラブルを撃ち抜くのは、ちょっとした発想の転換と勇気だったりする。
自分がコントロールできない他人の問題を、自分のアプローチで状況だけは変えられるのだ。
アンコントローラブルな物事に対して頭がいっぱいな状態というのは俗に言う「悩む」というやつであり、どうやったらこれを解決できるかなぁ〜と頭を使っているのが「考える」というやつだ。
悩むと考えるの違いはここにある。
そして冒頭に書いた「運」というどうしようもないことを呼び込んでいくのには「考える」が必要不可欠だ。
経験上だけど「運」というものは伝染しやすいし、自分から考えて行動していくことで呼び込みやすくなる。よく動くほどに運が飛び込んでくる。
拙著『さよなら、バンドアパート』は本になり、映画になったがまさしくこれは「運」の為せるワザだ。
本になったキッカケはWEBに文章を書きまくったからだし、映画になったのは各地にゲラを送りまくったからだ。
「あなたは天才小説家だ!ぜひ映画のオファーを!」なんて話ではない。
送りまくった果てにプロデューサーがいて、監督に届いて、竹中直人さんに届いた。そしたらまわりがいっぱい寄ってきただけだ。
反対に「悩んでいるやつ」は不運を呼びやすい。
悪い人間からしたらカモにしやすいし、金も抜きやすい。頭を悩ましているバンドマンが週に二人は相談にくるけれど、みんな音楽業界のテイカーにやられている。
話を聞くと、みんないいやつなのだが、やはりアンコントローラブルの海に溺れている。そして「悩んで」いる。運を良くしたいなら動くことだ。アンコントローラブルな出来事に対して、自分の動きをかけていく。雨はやまないが、傘は持っていけるはずだ。
それでも「私は行動力がないタイプなんす……」というならば仕方ない。
「止まってるひと」よりも「動いてるひと」の近くにいけばいい。今や何もかも外注、代行、アウトソーシングする時代だ。『行動力』さえも外注してしまえばいい。
動いているひとの近くで過ごせば少しは『運』がよくなる。自分自身が影響だって受ける。
「止まっている人」の近くにいて、自分も止まっていたらそれこそ本当に詰んでしまう。