見出し画像

緊急避妊薬のOTC化について整理する

はじめに

現時点では、緊急避妊薬は病院にかかって処方してもらわなければ入手することができません。緊急避妊薬は文字通り使用に緊急性があるため、薬局やドラッグストアなどで購入できると利便性が高まると思われます(メリットとデメリットの比較は今回は行いません)。緊急避妊薬のOTC化が進まないことについて、思い込みでいろいろと批判している人(自称医師なども)が多数見受けられるため、自分なりにわかっていることを整理します。資料で提示されたデータの裏どりは時間がなくできないことをご了承願います。

OTC化の検討そのものは長く行われているようですが、現在の検討は厚生労働省の「医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」で行われています。このような評価会議があり、資料が公開されている、という事実を伝えるのがこの記事の主な目的です。資料を自分で確認するという方は、これより下は読まなくてもかまいません。

第17回

第17回の資料では、2017年当時の検討において、緊急避妊薬のOTC化を認めないという結論が出ていたことが再確認されます(会議資料統合ファイル、資料1-1)。

○「緊急避妊」は、避妊薬では完全に妊娠を阻止させることはできないこと、悪用や濫用等の懸念があること等により、レボノルゲストレルを有効成分とし、緊急避妊を効能・効果とする医薬品は、OTCとすることは認められない。

○OTC化が認められない理由として、以下の意見がある。
・OTCとなった際は、緊急避妊薬の使用後に避妊に成功したか、失敗したかを含めて月経の状況を使用者自身で判断する必要があるが、使用者自身で判断することが困難であること。
・本邦では、欧米と異なり、医薬品による避妊を含め性教育そのものが遅れている背景もあり、避妊薬では完全に妊娠を阻止させることはできないなどの避妊薬等に関する使用者自身のリテラシーが不十分であること。
・薬剤師が販売する場合、女性の生殖や避妊、緊急避妊に関する専門的知識を身につけてもらう必要があること。例えば、海外の事例を参考に、BPC(BehindthepharmacyCounter)などの仕組みを創設できないかといった点については今後の検討課題である。
・実際の処方現場では、緊急避妊薬を避妊具と同じように意識している女性が少なくない。OTCとなった場合、インターネットでの販売も含め、安易に販売されることが懸念されるほか、悪用や濫用等の懸念があること。
・緊急避妊薬に関する国民の認知度は、医療用医薬品であっても現時点で高いとは言えないこと。
・スイッチOTCとして承認された医薬品については、医薬品医療機器法第4条第5項第4号の厚生労働省令で定める期間の経過後、特段の問題がなければ、要指導医薬品から一般用医薬品へと移行される。現行制度では、劇薬や毒薬でない限り、要指導医薬品として留め置くことができないため、要指導医薬品として継続できる制度であることが必要であること。本剤は高額であることから、各店舗に適切に配備できない可能性が高く、薬局によって在庫の有無がばらつく懸念があること。

○パブリックコメントを踏まえた検討会議での主な御意見
・緊急避妊薬のOTC化には、薬剤師の更なる資質の向上(教育・研修が必要であるため、関係者と協力しながら研修を実施していくべきである。
・本成分の特性を考慮すると、メンタル面のフォローも重要な要素であることから、産婦人科医を受診し、メンタル面のアドバイスができるような体制を構築することが重要である。
・課題の解決に向け、関係団体において解決策の検討を行うべきである。国民的関心度が高いこと、海外ではOTC化されていること、リプロダクティブヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康・権利)という重要な問題が含まれていることから、医師・薬剤師・国民を含めた議論が必要である。
・現状、OTC化が否となったことを踏まえ、医療用の緊急避妊薬へのアクセスに関し、全国の医師会及び病院等がネットワークを作り、医療用の緊急避妊薬を急に必要とする方が、どこに連絡すればよいか分かる仕組みの構築等の検討が必要である。

太字はKogawaによる

これに対して、「緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト」の見解があります(会議資料統合ファイル、資料1-2)。PDFファイルの43ページの「緊急避妊薬 知っておきたい8つのこと」は、2017年当時のOTC化の否決意見への反論になっています。

①思春期を含むすべての女性に安全に使用できる
②重い副作用や長く続く副作用はない
③子宮外妊娠のリスクは増加しない
④将来の妊娠しやすさに影響を与えない
⑤妊娠初期に誤って服用しても、胎児に害を与えない
⑥流産(中絶)させる薬ではない
⑦市販化された場合、女性は情報を理解し正しく使用できる
⑧入手しやすくなっても無防備なセックスは増加しない

第17回 会議資料統合ファイル、資料1-2

(私見)緊急避妊薬のOTC化の前に、緊急避妊薬を女性の意志のみで服用することの是非についてはこのような議論では何も見えてこないと考えています。例えば、本当に子どもを希望して男女が性行為をしても、男性に知らせることなく女性が緊急避妊薬を使用することもありえます。レイプ被害を最小限に抑えることを考慮すれば女性の意志が尊重されるべきといえますが、和姦において男性の意志がないがしろにされかねないことは頭の片隅に置いておいてもよいと考えます。リプロダクティブライツという概念は、男女によって同じものではないように思います。また、性教育やリテラシーが十分かどうかをどのように判断するのかは、教育が必要だと主張する人もその基準を説明できないのではないかと思います。

資料2-5では、日本産婦人科医会のアンケート調査が提示されます。緊急避妊薬のOTC化について、「無条件で賛成」が7.8%、「条件付き賛成」が46.9%、「反対」が42.0%でした(※第17回時点ではこのように報告されていますが、第19回の別添資料では、「賛成/条件付き賛成」が55.2%、「反対」が42.8%と、割合が修正されています)。素朴にみれば、産婦人科医でも賛成と反対が二分している(少なくとも全体として賛成しているとはいいがたい)ように思います。

第19回

第19回では海外における緊急避妊薬の状況が報告されます(資料2-1から2-2)。資料3では、第17回にもあった日本産婦人科医会の追加報告で、緊急避妊薬をOTC化したときの懸念が示されます。88.1%の産婦人科医が、OTC化により何らかの懸念があると回答しました。アンケートの結果の詳細は、第19回の別添資料を参照してください。

・転売/性暴力への悪用
・コンドーム使用率の低下による性感染症リスク増大/避妊に協力しない男性の増加
・緊急避妊薬使用後の妊娠への対応の遅延
・確実な避妊法使用の減少/確実な避妊法の普及につなげる取り組みの後退
・性暴力・DVへの気付きや相談機会の喪失

第19回 資料3

個人的には、アンケート結果23は興味深いです。

緊急避妊薬OTC化の医会の考えについて
日本産婦人科医会では、義務教育で適切な性教育が行われていない状況下(学習指導要領のいわゆる「歯止め規定」により、中学校卒業までに性交、避妊、人工妊娠中絶について教えられない状況)での、緊急避妊薬の OTC 化は反対である姿勢をとっています。この日本産婦人科医会の姿勢に対して賛成ですか?反対ですか?
賛成 67.4%
反対 28.7%
無回答 3.8%

日本産婦人科医会 アンケート結果23

(私見)上記の懸念はしごくもっともなものです。しかし、たとえば緊急避妊薬のアクセスが容易になることでコンドームの使用率が低下したり、避妊に協力しない男性が増加するのかは明らかではありません。

第20回

資料3-1において、第19回の資料2-1にまとめられた海外実態調査に対する、検討会議の構成員のコメントがあります(あまりにも多いため引用しません)。

第22回

一般に意見を募るためのパブリックコメント案について検討されます(資料2-1)。

第24回

パブリックコメントに寄せられた意見が紹介されます。資料1では概要が示され、資料2では多少整理されています(内容はほとんど同じです)。パブリックコメントは誰でも意見を投稿できるため、ある意味で変な意見もありうることに留意してください。

スイッチOTC化に対する賛否 (内訳)
・スイッチOTC化に賛成との御意見:45,314件
・スイッチOTC化に反対との御意見:412件
・スイッチOTC化への賛否が不明である御意見:586件

第24回 資料1

資料1からいくつか抜粋してみます。

①「年齢制限等」に関連する御意見
・年齢制限を設けての販売は賛成であるが、近年は若年層のリテラシーも問題となっていると思うので、たとえば成人である18歳以上なら購入OKなど、年齢制限は設けるべきだと思う。どこでもいつでも買えるとなれば、何しても大丈夫と思う未成年も出て来てしまうはずである。
・年齢制限を設けてはならないと要望する。望まない妊娠を防ぐためには、どんな女性でもすぐに緊急避妊薬にアクセスできることが重要だからである。また、未成年こそ「親に言えない・言ったらしかられるから飲むのを止めた」という判断を下しかねず、望まない妊娠をしてしまう可能性がある。親の同意を求めることには反対する。

↑年齢制限を設けるとして、性交同意年齢とのズレがある場合はどのように説明されるのかは考える意味があると思います。

②「薬剤師の研修」に関連する御意見
・薬剤師の方の研修にも、必ず適切な性教育の項目を課すこと。男性の薬剤師も多い。きっと、日本の脆弱な性教育しか受けていない。この避妊薬を求める女性に対して、性的な侮蔑やレイプ被害者に対してはセカンドレイプのような発言が出てくることも容易に想像ができる。そのような事案があれば、せっかくOTC化で緊急避妊薬が手に入りやすくなっても、女性は足が遠のく。そのような女性蔑視の思考は絶対にしてはならないということを研修できちんと教えてほしい。

↑やや過剰に男性薬剤師を警戒しているように思います。どれほど研修を積んだとしてもクレームをゼロにすることはできないだろうと思います。

④「薬事規制」に関連する御意見
・薬剤師の対面販売や事情聴取・診療等を必要とする根拠が乏しい。緊急避難が必要な事情をもっともよく知るのは服用を希望する本人である。誤った服用法に関する説明は説明書やオンラインでの分かりやすい説明書・動画等への誘導で足りる。服用の是非・可否についての相談は緊急性を抱えた女性にとって精神的苦痛が大きい。特に、男性の行為によって大きな心的外傷を受けた直後、さらに男性への相談は非常な困難を伴うことは容易に推察される。むしろ対人ストレスを感じさせない媒体による指導が望ましい。

↑医療用医薬品だけではなく、要指導医薬品なども薬剤師の服薬指導が求められますが、それにどのような意味があるのかという根幹に関する意見だと思います。個人的には、なぜ緊急避妊薬を使用するのかということは確認すべきだと思います。和姦で避妊が失敗したということであれば特に問題はないでしょうが、仮にレイプがあったということであれば、緊急避妊薬だけではなく警察との連携が必要になるかもしれません。男性薬剤師に聞かれたくないなどの思いはあると思いますが、問題の大きさを考えると医師や薬剤師の第三者的な目線を省略するのはかえって女性のリプロダクティブライツを振りかざしすぎではないかと思います。

⑦「医療機関との連携」に関連する御意見
・緊急避妊薬を販売後、産婦人科への受診を勧めることが望ましいと考えるが、必須化するという管理の考えは、女性が自らの意思で性や生殖に関する決定を行えるようにする観点から妥当ではないと考える。女性は産婦人科受診にハードルを感じていると推測されるため、受診しやすいように「薬剤師から医師への紹介状」を制度化したり、連携する産婦人科医にその場で(オンラインツール等を活用して)繋ぐなどの工夫が必要と考える。

↑「女性が自らの意思で性や生殖に関する決定を行えるようにする」はリプロダクティブライツのことですが、あらゆる状況において男性の意志がまったく介在しないことまで含めた意見なのかなどは考慮すべきと思います。

第25回

薬局において試験的に緊急避妊薬を販売することについて検討されます(資料1)。第25回時点での検討会議の意見は、「検討会議結果(案)補足資料」にまとまっていると思われます。

本検討会では、これまで、緊急避妊薬のスイッチOTC化に関する多くの課題点と対応策について十分に検討・整理し、議論を尽くしたうえで、本検討結果を総合的にとりまとめた。本検討会としては、総じて、課題点に対応したうえで緊急避妊薬の早期のスイッチOTC化が望まれるとの方向性の意見であった。
しかしながら、緊急避妊薬をスイッチOTC化する際には、企業からのOTCとしての薬事承認申請を受け、薬事・食品衛生審議会等における迅速な対応策の採否判断及び薬事承認が必要となる。
加えて、薬剤師による対面販売を担保できる医薬品販売に係る薬事規制の検討が必要であるほか、対応策の選択・採否にあたり、試験的運用を通じて更なるデータ・情報の集積が望ましいとの意見もある。
このため、今後、一定の要件を満たす特定の薬局に限定し、試行的に女性へ緊急避妊薬(処方箋医薬品)の販売を行うこと(処方箋医薬品の取扱に関する通知の一部改正が必要)を通じ、緊急避妊薬の適正販売が確保できるか、あるいは代替手段(チェックリスト、リーフレット等の活用等)でも問題ないか等を調査解析し(モデル的調査研究の実施)、その結果を厚生労働省が広く公表するとともに、薬事・食品衛生審議会要指導・一般用医薬品部会等にも報告し、個別品目審査・審議の際の具体的対応策の選択・採否の一助として使うことも考えられる。
いずれにしても、緊急避妊薬のスイッチOTC化を望む多くの女性に思いをいたし、これらのことについて可能な限り早期の対応が強く望まれる。

第25回 検討会議結果(案)補足資料
太字はKogawaによる

第28回

資料7「緊急避妊薬販売に係る環境整備のための調査事業報告書について」で、試験的な緊急避妊薬の販売の状況が報告されます。報告書本体は厚生労働省のホームページで公開されています。

報告書の別添にある調査結果のまとめを引用します。

4.調査結果のまとめ
(1)緊急避妊薬の販売の状況について
対象期間(約2か月間)においては、全都道府県において緊急避妊薬の服用希望者に対して販売可否判断が行われており、解析対象とした1,982件のうち92.6%(1,836 件)において販売可と判断されていた。服用者の満足度は高く、面談した薬剤師の対応については91.8%が「とても満足」と回答した。また、薬剤師の説明の理解度は高く、「よく理解できた」が99.8%を占めた。3〜5 週間後のアンケートにおいても、「今後、緊急避妊薬の服用が必要になったら、どうしたいですか」に対して「医師の診察を受けずに、薬局で薬剤師の面談を受けてから服用したい」との回答が82.2%を占めた。これらより、協力薬局での対応は概ね適切であり、購入・服用した人の多くが満足していると考えられた。なお、薬剤師の説明については、服用者へのアンケートにおいて「一部理解できなかった」が3件(0.2%)、連携産婦人科医の事後アンケートにおいては「薬剤師の説明を理解してない」との回答が1件含まれていた。
販売可否判断において「販売可とするが受診が必要」は6.0%であり、その主な理由は避妊指導の必要性、性感染症の可能性であり、緊急避妊薬販売において薬剤師が産婦人科医につなぐ等の連携は重要であると考えられた。また、「販売不可」は1.4%であり、購入せずに産婦人科受診を選択したケース、服用の必要性がないことが判明したケース等が含まれていた。販売不可になったケースの多くは、本人の納得が得られていることがうかがえた。なお、協力薬局の事後アンケートにおいて、わずかではあるものの、連携産婦人科医と連携できないことがあったとの回答が含まれていた。今後は、特に販売不可となった場合の産婦人科医との連携状況について引き続き把握するとともに、適切な連携体制を構築するための方策を検討する必要がある。
本研究では、参考値とするため、医療機関を受診し協力薬局において緊急避妊薬の調剤を受けた服用者に、販売可否判断を受けて購入した服用者と同じアンケート調査(服用直後と3〜5週間後)を実施したが、いずれの項目も両者の回答分布は類似していた。
(2)は略
(3)今後に向けた課題
①と②は略
③ 本人以外からの問合せ、来局への対応について
本人以外から問合せを受けた薬局は77.2%(112件)であり、本人以外のみの来局は9.0%(13件)あった。そのうち多くの薬局が男性からの問合せや男性のみの来局があったことから、男性、本人以外の問合せや来局には対応できないことを広く周知する必要があると考えられた。
④ 本研究の対象外となった人への対応について
レボノルゲストレル錠の用法用量は、性交後72時間以内に1回経口投与とされており、服用者の年齢制限等は設定されていない。本研究においては16歳以上の女性を対象としたが、その理由は「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」において、本人の自由意思による研究参加の同意取得年齢が、16歳以上(又は中学校卒業)とされていることによる。16歳未満者に関する問合せ・来局、UPSIから72時間超の問合せ・来局があった薬局も少なく、これは研究用ホームページ、報道、研究参加の説明文書によって販売できる人の要件が周知されたことの影響と考えられた。一方、本研究においては、研究参加同意取得のための説明等が日本語のみで実施されたことから日本語が理解できない人の研究参加は困難であったが、日本語が理解できない購入希望者からの問合せ、来局を受けた薬局が4分の1を占め、海外から日本への旅行者や日本居住する外国人において需要があることが推察された。今後、薬局販売を一般的に行う際、日本語が理解できない人への販売を可能とするためには、日本語以外で可否判断や情報提供を適切に実施するための手段(資材・ツールなど)が必要と考えられた。
なお、多くの薬局において研究対象外となった人からの問合せ・来局に対応することになったが、その背景の一つに、種々の媒体に薬局リストのみが転載・拡散され、緊急避妊薬にアクセスしたい人が研究用ホームページに記載した研究対象者を確認せずに行動したことが挙げられる。研究の対象外となった人の理解を得るためにも、販売制度を検討するための重要な研究であることを社会に広く周知する等の対応が求められ、協力薬局が過度に問合せ・来局対応を行わざるを得ない状況を改善する必要がある。

太字はKogawaによる

おわりに

第28回の医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議の資料6にあるように、勃起不全治療薬タダラフィルのOTC化の要望があったようで、それに関するパブリックコメントが募集されています(2024年12月25日まで)。

これがきっかけなのか、「勃起不全治療薬はOTC化するのに緊急避妊薬はOTC化しないのか!」「女性差別か?」などの意見がSNSで散見されました。自称医師などインテリっぽい人もそのようなことを投稿していたのですが、自分が緊急避妊薬のOTC化について知っているものと違うなあと感じたのが、この記事を書こうと思った動機でした。

検討会議の結論が出るまでこの記事の更新をつづける可能性はありますが、確約できません。記事の冒頭に検討会議のリンクを示しましたので、そちらから実際の情報にアクセスすることをおすすめします。

いいなと思ったら応援しよう!