地球の回る音
キシキシキシキシ…耳鳴りだろうか?
両耳を塞いでみる。
聞こえなくなったような気がする。
片耳から手を離す。
やはり聞こえる。
逆の耳で同じことを試みる。
これも聞こえる。
どうやら耳の異常ではないようだ。
音の出どころはどこなのだ。
部屋のどこにいても聞こえる。
全ての部屋を行き来しても聞こえる。
窓を開けても、ベランダに出ても聞こえる。
一週間の探索でわかったことは、自分の移動可能な場所の全てで、この音が聞こえるということだった。
大きな音ではないので、しかし、ともすると別の音に掻き消される。
そういう時であっても、意識を集中して、雑音を掻き分ければ、その音は確実に聞き取れるのだ。
次の問題は、僕以外の人にも聞こえているかどうかだ。
「最近変な音が聞こえるんだけれども、耳鳴りとかじゃないみたいなんだ…」
と周囲の人に片っ端から鎌を掛かけてみる。
期待した返事が返ってくることはない。
精々が、
「それって幻聴じゃない?
医者に行った方がいいよ」
という優しい助言くらいだ。
確かに幻聴の可能性も、なくはない。
けれども幻聴であれば、耳を塞いでも聞こえそうな気がする。
いや、幻に常識が通じるとは限らない。
耳を塞げば聞こえなくなる幻聴だって、もしかしたらあるのかもしれない。
いずれにしても、僕以外には聞こえない音なのだと、思ってよさそうだった。
ただ、そう断定する前に、念には念を入れるつもりで、富田林君にも訊いてみることにした。
富田林君は野生児だ。
山で生まれ育った。
身体能力だけではなく、目も鼻も耳も人間離れしている。
とにかく、耳も異常に鋭いのだ。
「最近変な音が聞こえるんだ。
キシキシキシキシ…って感じかな。
今までは聞こえなかったような気もするんだけど、そう思うのは、気のせいかもしれない。
聞こえていたけど気が付かなかったってことも、ありうるしね」
「ああ、それなら俺も聞こえるよ。
何かよくわからないけど、いつもそこにある自然の音だと思うよ。
地球の呼吸音だとか回転音とか…そんな感じじゃないかな。
君も聞こえるようになったの?」
「うん、どうもそうらしい。
やっぱり、錯覚じゃなかったんだね」
ということで、なんの音なのかはわからないが、音が実在していることだけは信じてよさそうだ。
少しだけ気が収まった。
身近な日常の騒音と同じように、どんな時にもそこにあるその音に、僕は次第に慣れてきた。
聞こえているのが普通の状態だから、あるがままに受け止めればよいのだ。
その音がいつも通りである限りは。
ところが、ある時いつも通りではなくなってしまったのだ。
異変が起きた。
音が早くなったような、小刻みになったような気がする。
キシキシではなく、キキキという感じだ。
しかもそのキは、日ごと短い音になる。
忙しなくなる。
愛猫が天をじっと見つめたり、目をきょろきょろさせたりするようになった。
耳もやたらにぴくぴくさせている。
猫は人間よりも、はるかに耳がよい。
可聴領域は人間の3倍以上だともいう。
そんな猫が明らかに、異変を察知している。
キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ…
地球の回転が速くなっているのだ。
その証拠に僕は、愛猫とともに宙に投げ出されていた。