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うたかた
久々にボリス・ヴィアンという名前を目にした。
ボリス・ヴィアンといえば、L' Ecume des joursである。
「日々の泡」「うたかたの日々」「日々はうたかた」などと訳されている。
私から見てひとつふたつ上の世代の、青春の書でもあろうか。
「現代における最も悲痛な恋愛小説」とも称され、主人公のひとりが、肺の中に美しい睡蓮を咲かせて死んでいく場面は、とりわけ有名だ。
しかし実を言うと、学生時代に読んだものの、内容はあまりよく覚えていない。
ところが、なぜか強烈に、脳の襞に刻印されているのだ。
何やら、甘やかさと痛みを伴いながら…。
鍵は「うたかた」である。
言葉の響きが、得も言われぬ快感なのである。
おまけにボリス・ヴィアンという、作者の名前までも、なんだか泡っぽく、うたかたっぽい響きがあるではないか。
うたかたうたかたうたかた…唱えていると、エクスタシーすら感じてしまう。
陀羅尼みたいなものだ。
行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。
よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし…
暗記など苦手な私が高校時代、「方丈記」の出だしだけは、労せずして、すっと覚えてしまったのも、その「うたかた」のおかげかもしれない。
「泡のような日々」や「泡だらけの日々」はご免だが、「うたかたの日々」ならば、なんだか、送ってもよいような気がしてしまう。