こんにゃくじに
蒟蒻を植えてみたという。
平成公園の一角を勝手に菜園にして楽しんでいるおじさんが、何も訊いていないのに、にこにこ顔で教えてくれた。
サトイモ科系の濃紫色の花だ。
水芭蕉みたいに、仏炎苞に包まれた中に花が咲いている。
面白い花だなと思って、近くを通るたびに見ていたが、いつしか花は消え、残った葉や茎も、そのうち無くなってしまった。
その蒟蒻のあった一画を歩いていると、
「すみませ~ん、ちょっとお話なんかしていいですか?」
ふにゃふにゃした女性の声で話しかけられた。
見ると、紫のワンピースを着た長い黒髪の女性だ。
身長は30センチほどの、小柄な女性だった。
見下ろして話すのはなんだか申し訳ないので、幼児と話す時のように腰を落とした。
「構いませんけど、僕みたいな怪しい男でも、いいんですか?」
「わたし、視力が1000以上なんで、心の中まで見えちゃうんです。
あなたは悪い事なんかできませんよ」
「はあ、じゃあいい人ということにしておきます。
人のいい僕に何かご用ですか?」
「わたしと、こんにゃくしませんか?」
「こんにゃく?
こんにゃくするって、何するんですか?」
「こんにゃくじゃありません、婚約ですよ。
因みにわたしの名前は、こんにゃくです」
「婚約って、いきなり言われても困ります。
僕は確かにどちらかというと小柄な女性が好きですけれども、こんにゃくさんは小柄すぎるし…」
「だったら、お好みのサイズになりますわ。
わたし、自由自在なんです。
どのくらいがご希望かしら?」
「156センチくらいでしょうか…」
答えるなり彼女は、スライムみたいにぷるぷる揺れながら、伸びて歪んで大きくなって、僕の希望するサイズになってしまった
「こんなところで、いかがかしら?」
「はあ、文句無しですね。
婚約させていただきます」
「じゃあ、しぶやで、こんにゃくじに…」
「えっ?
蒟蒻死?」
「ごめんなさい、活舌が悪くて。
今夜9時です。
しぶやで今夜9時に式を挙げましょう」
「渋谷のどこですか?」
「しぶ屋さんですよ、有名なお豆腐屋さんの」
なんだかわからないうちに巻き込まれてしまったので、一応おしまいまで付き合うことにした。
その晩9時少し前に、渋谷のしぶ屋豆腐店に着いた。
こんにゃくさんも、すぐにやってきた。
やってくるなり、力強く宣言する。
「こんにゃくかいしょうです」
「えっ?
なんですって?」
「婚約は解消することにしました。
理由は訊かないでください。
では、ごきげんよう、お幸せに…」
彼女は行ってしまった。
僕はしぶ屋さんで、まるへいのさしみこんにゃくを山ほど買って帰った。