第29章 熟練プレイヤーとの対決
第29章 熟練プレイヤーとの対決
スロットの世界では、一人で腕を磨くだけでは限界がある。
「本当に強いプレイヤーは、他の強者と戦いながら成長する。」
山口誠一の言葉が、翔太の頭の中で繰り返されていた。
経験を積んできたつもりでも、まだ自分が知らないことがある。自分の技術を試し、新たな視点を得るためには、より強い相手と対峙しなければならない。
そして、その機会は突然訪れた。
ホールでの異質な存在
その夜、翔太はいつものスロットホールに足を運んだ。
照明の下で、無数の台が光を放ち、メダルの音が鳴り響いている。
ふと、店内を見渡したとき、一人の男が目に留まった。
まるで場の空気が変わったかのように、彼の周囲だけ異質な雰囲気が漂っている。
彼は中年の男だった。細身で、無駄な動きが一切ない。
静かにスロット台に座り、淡々とメダルを投入している。
しかし、明らかに「普通の客」とは違う何かがあった。
翔太は思わず誠一に耳打ちした。
「あの人、何者ですか?」
誠一はニヤリと笑いながら答えた。
「ああ、アイツか……『村上』だ。知る人ぞ知る、熟練の勝負師だよ。」
村上という男
村上という名前に聞き覚えはなかった。しかし、周囲の客の反応を見ていると、彼がただ者ではないことが伝わってきた。
「何がすごいんですか?」
「アイツは、ホールの『流れ』を読む能力が異常に高い。台の挙動だけじゃなく、店のクセ、他の客の打ち方、あらゆる要素を考慮して勝負する。しかも、ただ勝つだけじゃない。長期間にわたって安定して勝ち続けている。」
翔太は驚いた。
「長期間……? でも、スロットって運の要素が強いんじゃ……」
「だからこそ、技術と知識で補うんだよ。アイツは、どんな店でも『勝てる法則』を見つける。」
誠一は、翔太の肩を叩いた。
「お前、村上と勝負してみるか?」
翔太は息をのんだ。
暗黙の対決
しばらくの間、翔太は村上の動きを観察した。
彼は特定の台に狙いを定め、まるで計算したかのようにメダルを投入し、淡々とプレイしている。
しかし、その結果が異常だった。
驚くほど高い精度でボーナスを引き当てているのだ。
もちろん、毎回当たるわけではない。しかし、彼が台を選ぶと、不思議なほど短時間でボーナスが来る。
翔太の中に、ふつふつと闘志が湧き上がった。
「俺も、村上のレベルにどこまで食らいつけるか試してみたい。」
翔太は隣の台に腰を下ろし、メダルをセットした。
村上がゆっくりとこちらに視線を向ける。
無言のうちに、戦いが始まった。
実力の差
翔太は、今まで培ってきた技術を駆使しながら、慎重に台を選び、回し始めた。
しかし、数十分が経過したころ、明らかに結果に違いが出ていた。
村上は次々と当たりを引くのに対し、翔太は思うようにボーナスを掴めない。
「なぜだ……?」
リズムも悪くない、タイミングも計算している。しかし、村上との差は歴然だった。
誠一が後ろからぼそりと呟いた。
「翔太、お前は『確率』で勝負してる。でも、村上は『確実に勝てる状況』だけを狙ってるんだ。」
「確実に勝てる状況……?」
誠一は村上の打ち方を指さした。
「あの打ち方を見ろ。ただ適当に回してるわけじゃない。彼は、他の客が回した履歴を見て、狙いを定めている。」
「履歴……?」
翔太は、自分が見落としていたことに気付いた。
村上は、周囲の台の挙動を把握し、そのデータをもとに自分の打つ台を決めていたのだ。
「ただの確率論じゃない。データの積み重ねが勝率を大きく左右する。」
翔太は愕然とした。
勝負の終わりと教訓
村上は最後のボーナスを引き当てると、静かに席を立った。
「……!」
翔太は思わず立ち上がり、彼に声をかけた。
「あの……どうして、そんなに正確に台を選べるんですか?」
村上はちらりと翔太を見て、ふっと笑った。
「観察力と経験だよ。台は嘘をつかない。人間の方が、勝手に思い込みでミスをする。」
それだけ言い残し、彼はホールを後にした。
翔太は、しばらくその背中を見送った。
新たな目標
その夜、翔太は深く考えた。
「俺は、まだまだ甘い。」
これまでの勝負は、どこか感覚的なものに頼っていた。しかし、村上のような熟練者は違う。徹底したデータ分析と観察、冷静な判断、それが本当の『勝負師』の姿だった。
「翔太。」
誠一が微笑みながら言った。
「お前が本当に強くなりたいなら、今日の敗北を忘れるな。」
翔太は大きく頷いた。
このままでは終われない。
「俺も、いつか村上さんのようなプレイヤーになってみせる。」
新たな決意が、翔太の心に灯ったのだった。