第25章 自分のリズムを見つける
第25章 自分のリズムを見つける
スロットホールの喧騒の中、石田翔太は一つの椅子に腰を下ろし、深く息を吸い込んだ。リールの音、メダルが落ちる音、人々の歓声やため息――そのすべてが、まるで波のようにホールを満たしている。しかし、その中心にいる翔太は、周囲に流されることなく静かに目を閉じた。
「自分のリズムを見つけるんだ。」
その言葉は、師匠である山口誠一から幾度となく聞かされたアドバイスだった。
ホールに飲み込まれる日々
ギャンブルを始めたばかりの頃、翔太はスロットホールという場所の特異な空気に完全に飲み込まれていた。
勝った時の高揚感に身を委ね、連敗すれば焦って賭けを重ねる。周囲のプレイヤーが次々に勝利する姿を見ると、自分も負けられないと無理な賭けをしてしまう。逆に、隣の台が大当たりを出した時には、「もしかして自分が座っていれば……」という後悔が頭をよぎる。
スロットホールでは、時間感覚が麻痺し、勝敗に振り回される日々が続いていた。
「いつも周りに合わせているだけだ。」
ある日、誠一がそう言ったのを思い出した翔太は、自分がいかに周囲の空気に引きずられていたかを痛感する。
誠一の教え:リズムを持つということ
「翔太、勝ち続けたいなら自分のペースを作れ。」
翔太が敗北に落ち込んでいたある日、誠一はホールの外で彼を待ち構えていた。彼はタバコを口にくわえ、じっと翔太を見つめていた。
「自分のペース……ですか?」
「そうだ。ホールにはいろんな流れがある。他人の動き、台の配置、リールの挙動、それにお前自身の感情。その中で、自分だけのリズムを作ることが大事なんだ。」
誠一の声は落ち着いていたが、その言葉には強い信念が込められていた。
「ギャンブルは流れを掴むものだが、流れに飲まれる奴は勝てない。自分で自分の流れを作れ。それが強さだ。」
翔太はその言葉に一瞬戸惑ったが、誠一の表情を見て、それが単なる理屈ではなく経験から来る教訓であることを理解した。
リズムを探る過程
それ以来、翔太はホールに入るたびに、自分の感情や行動に意識を向けるようになった。
勝利に浮かれてリールを回し続けることをやめ、いったん深呼吸をして気持ちを整えるようになった。負けが続いた時も、焦らずに座り直し、台の挙動を冷静に観察する余裕が生まれた。
さらに、プレイの合間にホール全体を歩き回り、周囲の空気感を感じ取ることも始めた。賑わいのある台、静かなエリア、プレイヤーたちの表情や仕草――そのすべてが、ホール全体の流れを掴むヒントになった。
「自分のリズムを崩さないためには、周りを知ることも必要なんだ。」翔太はそう感じるようになっていた。
「流れ」を掴んだ瞬間
ある日、翔太はホールでふとした感覚を覚えた。それは、まるで自分と台、そしてホール全体が一体化したような瞬間だった。
リールを回す手は自然な動きで台のペースに合わせ、コインを入れるタイミングも焦りが一切なかった。周囲の喧騒も、まるで背景音のように心地よく響いていた。
結果として、その日は大きな勝利を収めることができた。しかし翔太にとって、それ以上に価値があったのは「自分のリズムを掴めた」という確信だった。
他人に流されない強さ
ホールを出た翔太は、誠一にその日の経験を話した。
「誠一さん、今日、初めて自分のペースを掴めた気がします。台の挙動がすっと頭に入ってきて、周りの影響をほとんど感じませんでした。」
誠一は微笑みながら頷いた。「それが大事だ。お前は今日、ギャンブルの本質に一歩近づいた。誰もが自分のリズムを持てるわけじゃない。それができる者だけが長く勝ち続けられる。」
「でも、次もそのリズムを掴めるかどうか、自信がありません……。」
誠一はタバコをふかしながらこう答えた。「それでいい。完全に掴む必要はない。大事なのは、それを探し続けることだ。リズムはお前自身の中にある。それを見失わなければ、いずれまた掴めるさ。」
新たな自分のスタイル
翔太は、その日を境にプレイスタイルを大きく変えた。単に勝ち負けに囚われるのではなく、常に自分のリズムを探し、流れを掴むことを意識するようになった。
「ギャンブルは自分との戦いだ。焦りや欲望に負けず、自分のペースを保つことが一番の鍵なんだ。」
その言葉は翔太の胸に深く刻まれ、彼の成長を支える新たな指針となった。
ホールを歩く翔太の姿は、以前のような不安定さが消え、自信と落ち着きが漂っていた。
彼の旅はまだ続く――だが、自分のリズムを武器にした翔太は、もう迷わない。どんな試練が訪れようとも、自分の足でしっかりと前へ進むことができるのだ。