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滑る話

『た子の足跡日記』ー有料老人ホームにてー


クロックスのサンダルが何故あんなに人気なのか分からない。
軽量で履きやすくて値段もリーズナブル。色も色々でお洒落だ。
私も、流行に負けて買って試してみたことがある。
でも私には合わなかった。
何もない平坦な床にさえ突っ掛かって転びそうになってしまうのだ。
私の歩き方の問題なのかもしれないが。

入浴のためにちゃんとゴムのサンダルが用意されているのに、それでも殆どのスタッフが個々に買い求めて履いているのがクロックスのサンダルだ。
「この前、焦って歩いてたら転んじゃってさ~・・」
なんて、面白そうに話しているスタッフがいれば、内心首を絞めたくなる。
「馬鹿じゃないの?クロックスが滑るって前から言ってるじゃん。
かっこつけてないでゴムのサンダル履けよ!」
と、言いたくなる。

と言う訳で、私は入浴介助の時は施設で用意されたゴムのサンダルを私専用みたいにして使っていた。

そしてそのサンダルに寿命が来た。

ゴムがひび割れて履けなくなってしまったので、その日は仕方無く他のスタッフのクロックスのサンダルを借りて入浴介助することになった。

嫌な予感はしていた。
私はこれから入浴するタキさんを迎えに行き、タキさんの部屋のドアを開けた瞬間に ”ズドン” と音を立ててすっ転んだ。
痛みは無かった。
ただ恥ずかしかった。
私は恥ずかしさのあまり直ぐに立ち上がって、何事もなかったかのように
「タキさ~ん、お風呂ですよ~」
と、声かけした。

タキさんも、何事もなかったかの様に、テレビを消して立ち上がりシルバーカーを押して部屋を出た。

私はタキさんの着替えを持ってタキさんの前を行く。
タキさんはシルバーカーを押して私の後をついて来る・・・

はずが、タキさんは居室の前で下を向いたまま固まっていた。
あれ、様子がおかしい?
急いで駆け寄る。

「フフフフフ」
タキさんは笑っていたのだ。
普段からにこやかなお顔のタキさんは、大笑いといっても
「フフフフフ」
と、上品に笑われる。
「フフフフフ、若い人が転ぶなんて・・・」
と、タキさんは涙を流して笑っている。

悪かったわね。若くたって転ぶんですよ。
なんといっても今日は転ぶことが前提のクロックスのサンダルですから。
それにしても笑い過ぎじゃね~?

「この靴が滑るんですよ~」
と言い訳してみたが、タキさんには、そんなの関係ね~だった。

そうか、クロックスのサンダルは年寄りを笑わせるための道具だったんだ。

これは宣伝文句になるだろうか?

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