まり子さんに赤い毛糸の帽子を送りたい
まり子さんへ
あの門をくぐり、初めてあなたと出会った時、野性味ある雄々しい姿に私は一目でホレてしまいました。薄暗がりにシルエットを作っていらっしゃったあなたはドキドキしながら脇を通る私に、セヤぇっ!セ!! と声をかけられましたね。
おっしゃっている言葉の意味は皆目見当つかなかったけれど、あなたの姿が心から消えません。後日、あなたは京都大学界隈で大変有名な方だと伺いしました。
ここのところ、寒さが厳しくなってきましたね。あの夏の日、あなたは黒光りした髪をぴたんと地肌にくっつけていました。あの頭が忘れられなくって、帽子をお送りしたいと思い至ったのですが、いかがでしょうか。
百万遍の交差点をチャリで走るあなたを、私の彼が目撃しておりました。もし、あなたが、曇りがちな12月の今出川通りを、赤い帽子で爆速してくれたら、とっても印象深いはずです。だって、灰色の街に赤色が一点添えられて、世界がちょっとだけシュールになるでしょ。私は少しだけ世界が変化する様子を間際で感じてみたいのです。
赤い帽子は、シサンコウボウという雑貨屋でみつけて、彼にクリスマスに買ってもらったものです。街ゆく東京の人は皆黒いので、目にとまりやすくて少し恥ずかしいけれど、毎日かぶっておりました。段ボールに詰め込むとき、彼はスカイプ越しにちょっと悲しそうな顔をしていたのだけれど、仕方ありません。私も寂しいのですが、この帽子でないとダメなのです。
この帽子に編み込まれた毛糸は、私の脳を包み込む血管につながって、赤い血が巡っていました。帽子は私の空想を吸い取って、より熱を逃がさない構造にアップグレードされているはずです。いえ、赤い帽子は帽子であると同時に、きっと私なのです。
私は新しい帽子をシサンコウボウで買ってもらいます。同じ毛糸で編まれた帽子なら、きっと私の脳みそと遠くでつながるから。
私はあなたの頭上で京都の街を眺めたいのです。世界がちょっとだけ変わってシュールになる連続する変化の先端で、市井の人の視線を浴びて、風を切って走ってみたい。
いかがでしょうか。突飛なお願いにはなりますが乗ってみてはくれないでしょうか。どうぞよろしくお願いします。
近衛 ちか
*この物語はフィクションです。