東京の子/新海誠監督『天気の子』『君の名は』
千駄木の図書館まで、子供の本を返しに行く。重い絵本を10冊近く背中に背負って。返しに行っても子供が気に入っているものはまた借りる。千駄木には図書館があって羨ましい。夏休みの街にはほとんど人がいないが、図書館は結構賑わっている。絵本コーナーで絵本を選ぶ親子。地下の自習机で勉強する学生がいる。図書館が街にあるということは、その街には文化があるということなんだと思う。
先日保育園で借りて何度か読んでみた『ノラネコぐんだん』シリーズがあるかと思い、図書館のパソコンで調べてみると、文京区のすべての図書館にあるが、すべて借りられていた。文京区の図書館の書籍の稼働率もすごいが、『ノラネコぐんだん』シリーズの人気も凄まじいものがある。夏休みだから余計そうなのかもしれないが。『ノラネコぐんだん』は、他の絵本よりもイマっぽい感覚で書かれている。ギャグや毎回お気に入りのパターンがあり、構成がわかりやすい。売れるわけだ。
あまりに暑くて、どこにも出かける気にならないから、それ以外はひたすら家にいる。子供と絵本を読んだり、柔らかいボールを投げ合いっこしたり、ゴロゴロしたりする。外に出かけるといっても、基本的には徒歩で数分のところにあるセブンイレブンか駅前のスーパーへ行くくらいだ。
でも一日家にいると家族全員ストレスが溜まってくるので、夕方には近所の吉祥寺という大きなお寺に行く。今日はここにも人は誰もいない。大仏様とお稲荷さんの狐だけがいる。いつも墓にいる猫さえも見当たらない。とても静かだ。寺の敷地内のあちこちに「猫への餌やり禁止」「子供を遊ばせることを禁じる」というような内容の張り紙があり、毎回それをみると私はつい腹が立ち妻に文句を言ってしまう。なんでもかんでも禁止するな。寛容さのない宗教が一番ダメだと。最近は文句が多くていけない。
夜、何か少しでも休みらしいことをしたいと思い、家で映画を観ることにする。新海誠監督の『天気の子』と『君の名は』を続けてみる。『天気の子』は空に向けて祈ると、異常気象が止んで晴れる「晴れ女」をめぐる話で、これは一種の人身供養である「人柱」という風習が基になっている。また『君の名は』は、男女が入れ替わるというお決まりの設定ではあるが、女子の側が神社の家の生まれで、神社の境内や神道の行事が頻繁に出てくる。どちらも、神道色が強い。まだこの二本しか見ていないが、新海映画の特徴がSF的な設定と神道色、それから風景描写の美しさだ。
特に『天気の子』では、東京の街が美しく描かれている。東京の街で雨が続く異常気象があり、それを主人公の家出少年と、たまたま出会った女の子が止めようとする。少し前に言われたような典型的なセカイ系の設定だ。つまり、男女が見ている世界が、そのまま人類の行方に直結している。それは『君の名は』でもそうだった。
『天気の子』の家出少年が東京で転がり込むライターの事務所の住所が「新宿区山吹町」という設定で、その瞬間から、私はこの作品に夢中になった。私が昨年まで住んでいた早稲田鶴巻町の隣町だ。よく散歩でも歩いていた。映画では、たぶん山吹町ではなく、より神楽坂方面の東五軒町あたりの景色が使われていた。どちらにしても、馴染みがある手触りが伝わってきた。
この映画では、何度も上空から見た東京が出てくる。そのアングルを多用することで、観ていて東京という街の地形がはっきりと意識させられる。田端にある「晴れ女」の子の家は、線路脇の坂道を登ったところにあるが、例えば駒込とか田端とかあのたりの山手線沿線の街にある独特の傾斜がうまく描かれていた。東京という街は、ともすれば単なる都市として抽象化して描かれがちだが、本作では、地形や都市の細部までも描きこんだり、さらに光をうまく使うことで、街の魅力をより立体的に見せることに成功している。東京都心は特に、起伏が面白いのだ。
終盤には、降り止まない雨のために東京の確か三分の一が水没してしまう。その時、最初に出てきていた神楽坂のあたりだとか、もう少し下町のどこかの町はすべて水没し、国分寺だとか、高島平とかあの辺りが出てくるのも面白い。水没した地域は、昔はもともと海だった。だから昔に戻っただけだという老婆のセリフがいい。東京のいわゆる東側の旧市街地と、郊外化で開発された西側の街の両方が対照的に描かれる。
新海誠の映画には、東京がとても魅力的に描かれている。『君の名は』では何度も四ツ谷の風景が映り、千駄ヶ谷が映り、総武線が映っている。クライマックスではあの有名な須賀神社の階段が映る。四ツ谷、新宿のあたりも何度も印象的に描かれている。『天気の子』では、神楽坂、池袋のあたりだった。東京ローカルの景色が印象的な映画といえば、一青窈が出ていた『珈琲時光』が思い出されるが、今調べてみると、あの映画はもう20年前の映画なのか。鬼子母神のあたりに確か主人公が住んでいる設定で、だからその辺りがよく映り、都電に乗る場面をいまだに覚えている。
他に東京の景色が映るものというと、例えば最近だとヴィム・ヴェンダースの『パーフェクト・デイ』が印象に残っているけれど、それ以外では、私の知る限り意外に少ない。そんな中で新海誠の描く東京は、とてもキラキラしていて好きだった。気づけば東京での生活もを20年を超え、観ている景色が積もってきているから、新海誠がさまざまなシーンでさりげなく挟んでくる東京の風景に、その度に喝采を送ってしまう。なんだかんだで東京が好きなのだ。