すりガラスの中みたいな時間
「ここには何もないかもね」
「何もないことがあったりはするかもね」
「ずっと一緒にいれるかな」
「ずっと一緒にいるよ、変わらなければね」
「変わることを恐れてたら何も始まらないよ」
「わかっていないなぁ、変わらないために変わるんだよ」
「なにそれ」
「知らない」
「もっとなにそれ」
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どこかの部屋のワンルームで、どこかの部屋の深夜3時で、
どこかの見覚えのある部屋で、こんな会話がありふれている。
あの時出会った君と、今の君とでは何もかも違う。
赤裸々に語っているんだけど、赤裸々じゃなくて
嘘つかれるのは嫌いなのに、嘘ついてる自分がいる。
よく行く珈琲屋は窓がすりガラスになっていて満席かどうかが分からない。
どうしたものかと迷っていると相手からドアを開けてきた。
「テイクアウトならできますよ」
そうじゃないんだよ。まぁでもそうなのかも。
「あっ、じゃあアイスコーヒー一つ」
「ありがとうございます!用意しますね」
そういえば今日初めて喋った気がする、ちゃんとした声で応対できただろうか。
もう待っている年じゃない。
途切れない毎日は、最低な日と最高な日とそうでもない日を繰り返し泳いでいく。
アイスコーヒーを持って昼から満席の焼鳥屋を通る。
「年取れば取るほど描いていた未来とのギャップを感じるよね」
「まぁねぇ」
「でもさ、これがいいと思える時間がさ・・・」
聞き耳を立てているつもりではないが、何となく聞こえてきた会話だった。
最後の言葉が引っかかる。なんだ、これがいいと思える時間が何なんだ。
もっと話を聞きたいけど、これ以上ゆっくり歩くと怪しまれるのでやめておいた。
よく行くラーメン屋の横を通る。
店主はいつも一人でバイトも雇っていないし、無愛想だけれどもまたそれがいい。
あぁ毎日だ。
どうしようもなく、毎日だ。
あの時狂ったように通っていた居酒屋も半年は行かなくなった。
この前店主とすれ違ったけれどもお互いが気まずそうにすれ違った。
一人の人間と人間だから何かの関係性がないと怖いくらいに破綻する。
あの子が見せてくれていた変顔も、はにかんだ八重歯も、眠くて聞き流していたあの夜も、何もしないからといって何もしなかったあのラブホテルも。
SNSは全て通知Offにしている、特に誰かの動向を知りたいわけじゃない。
そんな時にふとメッセージを開いてみると、動画共有サイトのURLが友人から送られてきた。
自作の曲を作ったらしい。やりたいことをやれて本当に尊敬をしている。
ーーー
不自由な方が自由だよな。
迷ったほうが見つかるよ。
終わったほうが始まるね。
そのままで、そのままで。
ーーー
20代前半の時にこの友達と夜中から朝まで色んな悩みをぶちまけたことがある。
なんだかこの歌を聞いたときにそんなことを思い出した。
そのままでいいんだよって忘れてた。
やりたいこと、いいたいこと言っていいんだよって。
それはそれで自分だし、生きたい理由なんて可愛い子と話せて楽しいくらいでちょうどいいんだよって。
何を手に入れるのかは後でもいいよね。
何を捨てられるのかって話。
それは自分を変えないために変わるための方法なのかもな。
親と上司とは選べない。だからこそ、選べないなりの選択をしていくしかない。
前を向こう。そう思うだけでいい。
体裁だけでいいのだ。
本当は後ろ向きだって、回っていたって全く問題ないのだから。
あぁ面倒だ。だけども腹は減るし、誰かと話をしたい。
こう思える時間があるだけで、案外楽しいのかもしれない。
なるほどな、そういうことなのか。
氷が溶け切ったアイスコーヒーはもうコーヒーとしての役割を果たしていない。
もう一度あの珈琲屋に行こう。
見えなくたって、次は空くまで待っていますと言えるように。
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