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「新しい文化史」の最新成果――小田内隆『異端者たちの中世ヨーロッパ』(NHKブックス、2010年)評

中世盛期のカタリ派(自派教会を善=霊、既存教会を悪=肉とする二元論異端)やワルド派(既存教会が禁じた俗人説教を行う異端運動)、聖霊派=ベガン(フランチェスコ会内部でおきた清貧追求運動)、そして中世末期のフス派やジャンヌ・ダルク。西欧中世の「キリスト教世界」は、その単調で没個性的な印象にも関わらず、これらユニークな異端者たちの存在によって彩られており、その内部は多様性や複数性に満ちている。

こうした「異端」諸派の活動を、本邦で初めて、カトリックの「正統」への歩みと関連づけ、体系的に描き出したのが、河北町出身の西欧中世史家・堀米庸三(1913‐1975)の名著『正統と異端』(1964年)だ。そこでは、中世ヨーロッパを「キリスト教世界」たらしめ、教皇を頂点に聖職者身分を中央集権的に組織化した11世紀の「グレゴリウス改革」が中世異端発生の指標とされる。

同書は、「正統と異端」問題を単なる神学=教義対立としてではなく、その対立を通じてカトリック教会の政治的・社会的権力が立ち上がっていく過程として読み解く視点を提示。以後、後続の若き歴史家たちに多大なるインスピレーションを与え続けてきた。本書もまたそうした問題意識を正統に継ぐものであり、同時に、その後の研究の集大成ともいえる一冊となっている。

堀米たちの世代が去った後、西洋中世史学の世界では、ポストモダンの影響下で、政治や制度をコミュニケーション=記号の交換による構築物と捉え、その過程を記述しようと象徴や儀礼に着目する「新しい文化史」が開花。本書の記述は、カトリックの象徴体系――「身体」「言葉」「富と権力」――に対する異議申し立てとしてカタリ派、ワルド派、聖霊派=ベガンを捉えたり、「異端」とそれをまなざす視線をつくり出す儀礼として異端審問を記述し、近代の規律装置の起源の一つと捉えたりするなど、まさにそうした「新しい文化史」の最新の成果といえる。

「文化論的転回」後の新しい歴史学の姿を、本書でぜひ体験してほしい。(了)

※『山形新聞』2010年12月12日 掲載


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