少年の成長描いた歴史物語――野上勝彦『始源の火:雲南夢幻』(彩流社、2020年)評
中国の南西部、インドシナと境を接する山岳地帯が「雲南」で、点在する盆地にさまざまな少数民族が暮らしている。山間の僻地というイメージだが、実際には東西南北の交易路が交差する要衝で、古来より多彩な文明や文化がこの地に流れ込み、まじりあい、独特の多文化世界をつくりあげてきた。
その多様性は19世紀半ばに一つの頂点に達する。当時の中国は清王朝の時代ゆえ、雲南の少数民族もまた満州人の統治下にある。一方、その帝国は、英仏の帝国主義や漢族の民衆反乱の挑戦にあっていた。前近代的な雑多さのうえに、近代のグローバル化がもたらした多様さがかぶせられていく時代である。
本書は、そうしたユニークな歴史世界を舞台に、そこで自我を目覚めさせ、自分が何者かを模索していくある少年の日々を描いた教養小説(ビルドゥングスロマン)である。著者は、シェイクスピア研究が専門の英文学者(1946年生まれ)。少年時代に5年ほど山形市で暮らしたという。大学教員を退任後、作家に。本作は小説の第二作にあたる。
なぜ、英文学者の選んだ題材が雲南の歴史物語なのだろう。巻末の膨大な参考文献表からは分厚い調査・取材のもとに構築された物語世界であることがわかるが、雲南史そのものが本書の主題なわけでは決してない。主題はむしろ、そこに現れていた多様性の世界にこそあるように、筆者には思われた。
どういうことか。雲南の少数民族は、古くは漢族、次いで清朝に蹂躙され、それらに抵抗しつつ自らのアイデンティティを紡いできた。それに、少数民族といっても一枚岩ではない。内部に対立や葛藤もある。言語も宗教も思想も、彼らに一つのまとまりというよりは、複数性の種子を与えただけであった。
要するにそれは、多様性を昂進させていく現代の比喩であろう。すると、そこで自らのアイデンティティを模索する主人公の少年というのは、複雑化する現代を生きる私たち自身の似姿ということになる。これからどう生きていくべきか。自身の生の指針に思いまどうすべての「少年たち」に贈られた教養小説である。(了)
※『山形新聞』2020年08月26日 掲載