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過疎地の姿を優しい視線で――梶井照陰『限界集落』(フォイル、2008年)評

限界集落とは、65歳以上の高齢者が集落人口の過半数となり、独居老人世帯が増加し、このため集落の共同体としての機能が低下し、社会的な共同生活の維持が困難な状態にある集落をさす。国土交通省の調査によれば、全国で7,873もの限界集落が存在し、そのうちの422集落が今後10年以内に消滅する恐れがあるという。

本書は、佐渡ヶ島在住の僧侶にして写真家でもある著者が、全国各地の過疎の村をめぐり、そこに暮らす人びとの姿を優しく切り取った、フォト・ルポルタージュである。そこには、本県西川町のいくつかの集落に関する記事も含まれている。

ルポルタージュとはいえ、本書に限界集落をめぐる社会学的な分析や具体的な政策提言があるわけではない。ただ淡々と、過疎の集落に暮らす人びとの日常を切り取ったスナップショットが続くだけである。限界集落という問題の重さを思うとき、本書のような問題提起のありかたに不満を感じる向きもあるかもしれない。だがおそらく、こうしたスタイルを著者は確信犯的に採用している。そこにあるのはどのような意図か。

限界集落に関しては、対処すべき社会問題だとする立場とそれを否認する立場とが存在する。人口減少社会の到来により今後の日本社会は初の規模縮小を経験することになるが、この局面では過疎地のような非効率部分は切り捨てざるを得ない、というものだ。これに賛成し「限界集落は仕方ない」とするのが後者で、人権などの観点からこれに反対するのが前者だ。

当然ながら、本書もまた前者の系統に属するが、他に見られるような声高さや性急さはここにはない。それらはいずれも一過性のブームで終わりかねない危険な代物だ。そこには、ずっとこの問題と格闘し続けねばならない当事者の覚悟が欠けている。本書の醸し出す静かさや穏やかさは、まさにそうした覚悟に通じるものだ。限界集落について論じたり考えたりする前に、ぜひとも触れておきたい一冊である。(了)

※『山形新聞』2008年05月25日 掲載

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