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地獄のガイドにふさわしい――東谷暁『戦略的思考の虚妄:なぜ従属国家から抜け出せないのか』(筑摩書房、2016年)評

昨今「地政学」がブームだ。シー・パワーの制覇を説いたマハン(1840‐1914年)の海上権力論に対し、ランド・パワーの隆盛を主張したマッキンダー(1861‐1947年)を祖とする議論が地政学で、19世紀に大英帝国とロシア帝国がユーラシアを盤上に繰り広げた「グレートゲーム」がその背景にある。

その後、大戦と冷戦の20世紀を迎え、地政学は一時時代遅れとなる。しかし21世紀に入り、「イスラム国」台頭や露国のクリミア併合、中国の海洋進出、英国のEU離脱、米国の「オフショア・バランシング(東アジアからの米軍撤退)」など、「あれ、いまって19世紀だっけ?」と見まがうようなできごとが立て続けにおこるようになると、再びもちだされ、国際情勢を戦略的に解釈しうるツールとしてやや過剰にもてはやされている。これが現在の「地政学」ブームである。

ところが、このブームには既視感があるという。雑誌編集者をへて現在フリージャーナリストである著者(大蔵村出身)は、それが1980年代の「戦略論/戦略的思考」ブームと似ていると指摘する。問題は、そうしたブームが単なる一時の流行にすぎず、日本人に何ら戦略的思考をもたらさなかったという事実だ。当然、現在の安易な「地政学」ブームもそうしたものにすぎない可能性がある。

では、かつての「戦略論/戦略的思考」ブームではいったい何が問題だったのか。本書ではそれが、当時のベストセラー、岡崎久彦『戦略的思考とは何か』(1983年)、野中郁次郎ほか『失敗の本質』(1984年)などの批判的検討を通じて明らかにされていく。見えてくるのは、「戦略的思考」を説きながら、まったく戦略的に思考できていなかった「戦略論」のデタラメぶりである。

では、そうした流行ものに目をくらまされず、真に戦略的に思考するにはどうしたらよいのだろうか。天国へ入るには、地獄への道すじを熟知する他ない。地政学や戦略論の欺瞞や虚妄を渉猟する本書こそ、そうした地獄のガイドにふさわしい。是非一読されたい。(了)

※『山形新聞』2017年01月25日 掲載

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