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■第5回 悪い「忖度」を良い「忖度」に変えるたった1つのこと

1 「忖度」は本来、善か悪か

 「武田斉紀の『組織や仕事のあるある問題、こうして解決』も第5回となりました。今回のテーマは流行語大賞にも輝いたことのある「忖度(そんたく)」です。

 2017年にマスコミ報道で耳にして、久し振りに辞書を開いてみたという方も多いのではないでしょうか。私は文章を書かせていただく機会もあるため、自分の中で定義が怪しいと思った言葉はすぐに調べるほうですが、「忖度」と聞いてやはり即座に辞書に向かいました。

 「忖」はしばらく目を離すと何偏だったか一瞬忘れてしまっているし、「度」とのセットで漢字を思い出そうとすると怪しくなる…なんとも不思議な言葉です。

 意味は「他人の気持ちをおしはかること。推察」(三省堂大辞林)。「忖度」する相手は“人”であり、推し量るのは人の“気持ち”なのですね。

 なるほど、「忖」が「りっしんべん」であることを忘れないで済みそうです。

 しかし2017年の流行語大賞受賞を、もろ手を挙げて喜ぶ気持ちになれないのは私だけでしょうか。

 恐らく「忖度」という言葉に対してあまり良い印象がないからでしょう。クローズアップのされ方が悪かったようです。

 上司が部下にはっきりと指示をするわけでなく、「分かっているだろう」とサインを出す。部下は「上司が私にしてほしいことはこういうことに違いない」と「忖度」して、その通りに行動する。部下は上司のために自分は良い仕事ができた、優秀な部下を演じられたと信じている。

 ところがその行動が表沙汰になり、直接手を下した部下が引っ張り出される。司直やマスコミや世間から、法律違反だ、特権乱用だ、社会倫理上どうなのだと非難される。部下は問い詰められて、「私は上司を忖度したまでです」と告白するのです。

 ところが上司はばっさりとこう言います。「私は彼に何も具体的な指示などしていない」と。上司は実際に指示などしていなかったのかもしれないし、サインすら出していなかったのかもしれません。

 少なくとも文書や口頭での明確な言葉はなかったのでしょう。あったらそもそも「忖度」とは言いません。その場合は「指示」または「命令」であって、有罪となれば上司は重い罪に問われます。法的に問題がなくとも非難されるべきは明らかに実行した部下より上司の側となるでしょう。

 つまりは悪事に関わる「忖度」は、勝手にした部下の独りよがりであって、彼だけが悪者になって終わるのでしょうか。

 いえいえ、部下にそのように「忖度」させる理由があるはずなのです。

 入社(入省)以来のやり取りの中で、上司から「こういうときはこう考えるように」とか、より具体的に「こういうときはこうするのが部下の仕事だ」と言われてきたのかもしれません。

 「こういう忖度ができてこそ一人前だ」「これくらいの忖度ができなければ上には行けないぞ」といった日常会話も交わされていたのでしょう。

 けれど、そうした会話の証拠録音が出てきたとしても、今回に限って具体的な「指示・命令」がなければ、上司の罪を問うことは難しいのではないかと想像します。

 そうです。「忖度」には証拠というものがありません。

 書面や口頭で具体的な「指示・命令」がない上司の気持ちを推し量ることなのですから、当たり前と言えば当たり前です。

 いうなれば「忖度」はさせる側にとってはうまくいったときの手柄はあっても失敗したときの責任はなく、する側にとっては失敗したときは一人で責任を負わされる、とてもリスクの高い不利なやり取りなのです。

 そして「忖度」をちゃっかり利用している悪い上司が少なくないのも事実なのです。

 一方で先ほどの上司と部下のやり取りのように、日本では「忖度ができるやつは仕事ができるやつ」という考え方も根強いようです。

 にわかに起こった「忖度」議論の中でも、「忖度は組織の潤滑油だ」とか「忖度は生産性アップにつながる」と擁護する論調も目につきました。さらには文化論にまで広げて、「忖度は日本人の素晴らしい特質の1つだ、海外にも自慢したい」と。

 私も「気遣い」や「気が利く」に等しい程度の「忖度」はあってもいいと思っています。

 「忖度」ブームの最中には、相手が手に届かないところにあるものを欲しがっているだろう読んで取ってあげて、「忖度してみました」と冗談を言ったりしたものです。ですが冗談にしているくらいですから本来の「忖度」の使い方ではありません。

 推し量ったと言えるまでではなく気遣いのレベル。取ってもらった側も「気が利くね」と返すのがふつうで、「忖度してくれてありがとう」とは言いません。

 はたして「忖度」は善なのでしょうか、悪なのでしょうか。職場や組織にとって必要なものなのでしょうか。

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