【読書感想】貫井徳郎『新月譚』
2020/06/13 読了。
貫井徳郎『新月譚』
9年前に突然、絶筆宣言をしたベストセラー作家・咲良怜花。怜花は58歳にしては若々しく艶めいていて、とんでもなく美人。この世の全てを手に入れたかのような美人作家がなぜ筆を折ったのか、そしてある時からまるで別人が書いたかのように文体が変わったのは何故なのかを新人編集者の渡部が追っていく物語。むちゃくちゃ長編。
色んな要素がてんこもりなので、どこを抽出するかにもよるんだが、敢えて一言で纏めるなら、「妻帯者との純愛」だろうか。地味なOLだった後藤和子が咲良怜花という作家になるまで、小説の半分を掛けてクドいくらい描写している。クドいんだけど、ここに和子の和子たる所以が詰め込んである。
和子が容貌コンプレックスの塊で、自意識拗らせ系のネガティブ女性である(あった)というのがこの小説の面白さなのだと思うのだが、顔を整形しても、名だたる文学賞を総ナメにして億万長者になっても、和子は何ら変われなかったというのが悲しくて切ないし、どこか分かる気がする。
「確かに顔は綺麗じゃないね。でもスタイルはいいじゃないか。僕は本を読む女性が好きなんだ」的なことを、上司である木之内に囁かれ恋の沼に堕ちていく和子が嫌いじゃない。褒められ慣れてない和子は、むちゃくちゃ可愛い。でも、この女面倒くさそうだな、とも思う。この辺の男性側の心理を想像するのが楽しかった。
私がこの小説を純愛と評したのは、木之内が和子の心の欠落部分を埋めてくれた唯一の男性だったからだ。和子は整形して怜花になるが、木之内は整形前の和子を、和子の聡明さを愛してくれた。それって例え嘘でもめちゃくちゃ嬉しいわ。
「読み終えたら心に傷が残るような小説は、誰だって読みたくないに違いない。しかしわたしが目指していたのは、まさにそれだった。読者の心に食い入って、一生抜けなくなるような棘のような小説」
この『新月譚』も棘のような小説だった。甘くて愚かで惨めで幸せな小説。他人に執着するのも素敵なことなのかもしれない。
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