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【読書感想】吉村萬壱『回遊人』
2020/04/18 読了。
吉村萬壱『回遊人』
44歳の作家、江川浩一が主人公。浩一は妻の淑子、息子の浩と、不満はありながらも暮らしている。浩一は小説を書けなくなっており、序盤はその苦しみかつ自堕落っぷりが割とダラダラ書かれているが後々この記述が重要になってくる。
ここからは、ストーリーに触れてしまうので、前知識を入れずに読みたい方は進まないで下さい。
────モ─────ド────レ────
この小説は純文学でありながら、タイムリープのSFもので、しかも全く救いようがないタイムリープという斬新なものだった。「君の名は。」のような、助けられる力を持っている未来人の使命感も主人公にはあるにはあるんだけれど、救われない。主人公がヒーローにならないように書いているとしか思えない程に、主人公は救われない。
この小説は、スランプになっている作家の焦燥感、ずっと抱きたかった女への未練、患い臥せる妻の介護、など非常に多面的な作品で、タイムリープしなくても(というのはおかしい話だが)文学として読ませる力があった。
私は、醤油のミニボトルと尿瓶の件がかなり気に入っており、印象にのこるモチーフの散りばめ方も巧いなあと感じた。
淑子と居れば亜美子を想い、亜美子と居れば淑子を想う、浩一の愚かさは共感できたし、共感できる自分に絶望したりした。
亜美子の嬌声が「ああ?」と尻上がりになった瞬間に中折れし、その後も嬌声が高まれば高まるほど「ああ?」という疑問文になってしまうのでないかという恐れを感じた、という件は、好き過ぎて付箋を貼ってあるのだが、それをここに書くか書かないか逡巡したが残しておきたいという気持ちが勝った自分も愚かだと思う。
この愚かな男の話は、最期まで救われない。救おうという気持ちが書き手にないこと、それを分かりながら読み進めること、そこに文学の面白さを感じた。
タイムリープしたらその分だけきちんと年をとり老いていくというその設定も、信頼が持てた。巧くいかない人生は、何度生き直してもやはり巧くはいかないものだという結論が、1回目の人生をがんばろうという気にさせてくれる。