メモ ソ連の軍事理論家スヴェチンは軍事産業の管理をどのように考えたのか?

ソ連の軍事理論家アレクサンドル・スヴェチンは『戦略』(1926)で独自の戦略理論、作戦理論を展開した人物ですが、そこでは軍事産業に関する分析も含まれています。ただ、スヴェチンはやみくもに軍事産業を拡大させることを主張していたわけではありません。むしろ、軍事産業の拡大が経済システムの全体的な均衡を変え、結果として自然な経済発展が妨げる恐れがあることについても警告を出していました。その議論を紹介してみたいと思います。

「小規模な国家は国内で生産する商品の多様性が相対的に小さいため、国外の市場に大きく依存している。第一次世界大戦でルーマニアは石油と小麦の不足に悩まされており、またアルハンゲリスクを経由してフランスから軍事装備品を調達することを余儀なくされた。小規模な国家はその国土が狭いために、戦時において軍事産業が発展する地域が見出せない。このため、ほとんどの場合において、独立した軍事産業を確立し、独力で戦争を準備することを避け、より自然な形で経済発展の可能性を模索し続けるしかない。すでに戦争経済の開発で大きな成果を出している大陸勢力の大国の経済を、小規模国家の経済が上回っているのは、このためである」

スヴェチンの見解では、小規模な領土しか持たない国家であれば、国内で確保できる生産要素である土地や資本がそもそも限られており、軍事産業の育成に回せるだけの資源がありません。したがって、このような国家は外国との武器貿易に依存することを受け入れる方が合理的です。ただし、このような政策選択が許される国家は限られており、それは戦時における経済封鎖に対抗できる国家であるともスヴェチンは指摘しています。そして、ソ連はこの条件には該当しません。

戦時に海上交通路を確保できないソ連のような大陸国家にとって、国外と自由貿易を行い、経済を外国の供給に依存させることは大きな危険を伴います。したがって、独自の軍事産業を構築する必要があり、経済発展が立ち遅れることもやむを得なくなります。この際に軍事産業は敵の脅威が直接的に及ばない地域、つまり国境から遠く離れた地域に立地しなければなりません。当時、ソ連ではレニングラードに工業生産基盤が集中していましたが、スヴェチンはそこが攻撃された場合にはソ連全体に影響が波及するはずだと見積もっていました。1925年の調査でレニングラードの工業生産はソ連全体の工業生産の11.6%を占めており、その中には代替性が乏しいゴム製品、電子機器、工作機械などの生産が含まれていたためです。

第一次世界大戦以降に軍事学の研究でも防衛産業基盤の管理という問題が取り込まれ、経済戦(economic warfare)という枠組みで議論されるようになっていきます。戦略爆撃の分析を通じて敵国の産業組織を効果的に破壊する方法が研究されるようになった時期でもあります。スヴェチンの研究もそのような時代の変化を反映するものであり、総力戦の時代の軍事思想と位置付けることができます。逆説的なことのようにも思えますが、スヴェチンは大陸国家の軍人であったからこそ、海上戦力で優位に立つことの戦略的意義をよく認識していたのだと思います。それは単に海上防衛の手段であるだけでなく、軍事産業を最小化して民間部門の成長を促進する手段でもあります。

参考文献

Svechin, Aleksandr. 2004. Strategy. Minneapolis, Minn. : East View Publications.

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