メモ フォーカル・ポイントとは何か、なぜ戦略の研究で重要なのか?
フォーカル・ポイント(focal point)とは意思の疎通がまったく不可能な状況下において、相互に影響を及ぼす各個人が自然に選択しがちな行動の組み合わせから成り立つ状況をいいます。
これはゲーム理論の研究でトーマス・シェリングが提唱した概念ですが、その重要性はゲーム理論の領域にとどまるものではありません。交戦国間で武力行使に一定の限度を設ける限定戦争(limited war)でどのような行動を選択すべきかを考える際にも、このフォーカル・ポイントの概念が役に立ちます。
シェリングは、意思の疎通が不可能な状況では、交戦国間の戦略行動が予測しずらくなるものの、まったく予測が不可能な状況になるわけではないと主張しています。これは双方が相手の行動を予測し合っているためです。
このような相互作用は日常の生活場面でも普通に起こり得ます。例えば、通信手段を何も持っていないAという人物が、大勢の観客が集まっているイベント会場で、友達のBという人物と離ればなれになってしまい、落ち合おうとするとします。
Aは自分がBを探しているように、Bも自分を探しているはずだと予想するので、出まかせに捜し歩くことがかえって逆効果だと推測します。そして、AはBもそこに向かっているであろうと思われる場所を先に予想し、例えば会場の出入口や受付所に移動するでしょう。そこにBがいたならば、その場所はAとBの行き先が自然に収束するフォーカル・ポイントだったといえるでしょう。
限定戦争の場合、まず核戦力を使用しないことが交戦国間で非公式に合意されており、それに基づいて戦略行動が選択されています。また、戦域を一定の範囲に限定している場合は、武力攻撃を加える地理的な範囲を一定に限定するので、例えば長射程のミサイルを持っていたとしても、あえて敵の首都に対して手を出さないといった抑制的な戦略行動を双方が選択することもあるかもしれません。もちろん、そのような抑制は自発的なものにすぎないので、エスカレーションを引き起こし、敵国の首都に攻撃を加えてくる可能性はありますが、だからといって直ちに無制限の武力行使を前提とした全面戦争に移行するとは限らず、その時々の状況の特質を手掛かりとして、新たなフォーカル・ポイントを見出すことも考えられるのです。
ただ、注意が必要なのは、フォーカル・ポイントは、無条件に発生するとは限らないということです。シェリングは、フォーカル・ポイントが「類推、先例、偶然の配置、対称的・審美的・幾何学的な形状、詭弁的な推論、そしてだれが当事者であり、お互いについてそれぞれが何を知っているか、といったことに依存する」と説明しています(同上、61頁)。暗黙に了解、二人だけの経験、あるいは共通の文化的慣習があるときに、両者の行動はフォーカル・ポイントに向かって自然に収束するのです。
シェリングは、全面戦争を避け、限定戦争を遂行するためには、外交的なコミュニケーションが途絶しても、交戦国間で武力行使に一定の歯止めをかけるフォーカル・ポイントが見出されていること、そして、それを維持することが重要だと論じています。
「限定戦争は制限を必要とする。また、戦争になる一歩手前で安定するためには、戦略的な作戦行動も制限を必要とする。しかし、制限するためには合意、または少なくとも相互の承認や黙認が必要となる。この合意をとりつけることは容易ではない。なぜなら、不確実性や利害の激しい対立が存在したり、戦時中または戦争開始前に交渉をすることが厳しく制約されていたり、敵同士が戦時中にコミュニケーションを取ることが難しかったりするからである」(シェリング、邦訳『紛争の戦略』57頁)
このように、交戦国が相互に戦略行動を調整することで成り立っているのが限定戦争であり、これを遂行する上で部隊運用に予測可能性を持たせることが重要だと指摘したことは、シェリングの戦略思想の興味深い特徴です。
参考文献
Schelling, T. (1960). The Strategy of Conflict, Harvard University Press.(邦訳、シェリング『紛争の戦略 ゲーム理論のエッセンス』河野勝監訳、勁草書房、2008年)