論文紹介 外国に聖域を確保した反乱軍は長期戦を遂行する上で大きな優位を得る

国内で内乱を引き起こした反乱軍は、国境を越えて部隊や物資を移動させることがあります。これは反乱軍が政府軍の脅威から逃れ、外国に基地を開設するためです。このような「聖域(sanctuary)」を確保できた反乱軍は、そうでない反乱軍よりもはるかに長期にわたり、粘り強く戦い続けることが可能です。

このことを実証しようとした研究として、Salehyan(2007)の「越境する反乱軍:反乱団体の聖域としての隣国(Transnational rebels: Neighboring states as sanctuary for rebel groups)」が挙げられます。必ずしも実証に成功したとはいえない研究ですが、聖域に影響を及ぼす条件を特定することによって、聖域が反乱の発生を容易にすると主張しています。

Salehyan, I. (2007). Transnational rebels: Neighboring states as sanctuary for rebel groups. World Politics, 59(2), 217-242. https://doi.org/10.1353/wp.2007.0024

国家は内乱を平定し、治安を回復するため、反乱に参加した個人や組織をあらゆる手段で抑圧することが可能です。このため、内乱は戦争に比べて軍事的能力が非対称な戦いです。政府軍は内乱が起こる前から武装していますが、反乱軍にとって内乱の第一歩は武装することです。反乱軍が優位に立つためには、圧倒的な劣勢を覆し、政府軍が勝利を見込めなくなる程度にまで動員能力を強化しなければなりません。

反乱軍の司令官は自軍の動員能力を高めるため、必ずしも国内に留まる必要性はありません。反乱軍は国境を越えたネットワークを通じて人員を集め、物資を調達し、武装することもできるのです。反乱軍が外国に土地を確保し、そこで基地を開設することができれば、政府軍の追跡を逃れることもできます。これは反乱軍を育成する上で極めて重要な足掛かりであり、接受国の政府が反乱軍の戦略や運営に干渉する可能性は高まりますが、未熟な反乱軍が敵対する政府軍と渡り合えるように育成する上で大きな利点があります。

国際法が国家の対反乱作戦に及ぼす影響は事例によって異なっていますが、他国の領域主家を侵害することによって強い外交的に非難される危険があり、国内以上に作戦を遂行することもより難しくなります。隣国のタイに逃れたクメール・ルージュをカンボジアが砲撃した事例や、神の抵抗軍を追跡するウガンダ軍が隣国のスーダンに侵入した事例もありますが、それは政府軍にとって大きな政治的リスクを伴う戦略でした。1982年にイスラエルはパレスチナ解放機構が拠点を置いていたレバノンに侵攻しましたが、結果として長期戦に巻き込まれ、多くの犠牲者を出し、最後は撤退に追い込まれています。反乱軍にとって隣国に聖域を確保できれば、政府軍に大きな圧力となります。

著者は、聖域の形成が容易な隣国の条件を3つ挙げています。第一に、隣国に移動した人口の規模が大きくなればなるほど、聖域の形成は容易になります。戦禍を逃れて移動した難民は、反乱軍の有力な支持基盤となり得る存在であり、進んで反乱軍に参加する場合すらあります。第二に、隣国の統治能力が著しく弱い場合、反乱軍の聖域は組織的に取締ることができません。第三に国際的な対立が深まる中では、隣国に逃れた反乱軍を取り締まろうとはせず、むしろ聖域を保護し、さらに軍事的な援助を与える場合さえあります。つまり、これら三つの条件が重なると、反乱軍は聖域を確保できる見込みが大きいので、それだけ内乱を引き起こしやすくなると考えられます。

この説を立証するために、著者はさまざまな難しい作業に挑戦しています。まず、1946年から2001年にかけて発生した国内での武力紛争をまとめたデータセット(UCDP/PRIO Armed Conflict Dataset)を利用し、そこから軍部のクーデターといった異質な事例を取り除いて内乱のデータセットを用意しました。さらに、William R. Thopsonが作成した1816年から1999年までに発生した国家間の対立関係のデータを使って国際的な対立関係を分析できるようにし、また統治能力が低下している国を識別するため、内乱が起きている国(とそれに隣接する国)と、その年の一人当たりのGDPが10%以上急減している国に着目しました。難民の影響に関しては、国連難民高等弁務官事務所から提供を受けた近隣国に移動した難民の合計が採用されています。ただし、難民の効果は線形ではなく、規模が大きくなるほど効果も低減すると想定しました。

隣国との敵対関係、隣国の統治能力、難民の人口規模という3つの要因が内乱のリスクを高めることを立証するためには、それ以外の要因の影響を考慮に入れておく必要があります。著者は、経済要因、人口要因、政治要因(政治体制の形態)、社会要因(民族関係)を検討しています。以上のデータを揃えた上で、2種類のロジットモデルを使い、3条件の影響を調べたところ、一定の裏付けが得られたものの、その効果は入り組んでいることが分かりました。

国際的対立が内乱の発生確率に与える影響は緩やかなもので、統治能力の低さも経済的能力で見た場合には確認できてはいません。難民に関しては内乱の発生に直接的に影響しているとまではいえないものの、長期的に持続させる効果がある可能性があることは示唆されています。以上の結果を総合した上で、著者は内乱の展開は周辺諸国において反乱軍が聖域を確保できているかにかかっていると評価しています。

「本稿では、脆弱な国家、敵対的な国家、そして隣国における難民が、越境型の反乱団体の出現、そして交渉の失敗、内戦に寄与することを論じた。これらの要因はそれぞれ回帰分析の結果として裏付けられており、特に時間の経過を考慮したモデルでは内戦の発生とその持続に興味深い違いがあることが分かった。ここで最も重要なことは、外国の基地に接続することが、紛争の長期化にとって有意な影響を与えることが示されたことである」

20世紀以降の内乱を理解するためには、政府軍と反乱軍にどのような戦略的相互作用があるのかを研究することが欠かせませんが、著者の取り組みは反乱軍にとって基地が戦略的に大きな価値を持つことを示しています。それが実際の内乱でどのように軍事的に利用されているのか、外交的にどのような機能を果たすのかを解明するには至っていませんが、この研究成果はグローバルに活動する最近の反乱軍の戦略がいかに優れているのかを知るための手がかりとなると思います。

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武内和人|戦争から人と社会を考える
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