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ハイブリッド戦争とは何だったのか?:Conflict in the 21st century(2007)

アメリカ海兵隊の退役軍人フランク・ホフマンは、2006年のヒズボラとイスラエルの戦争の分析を通じて、正規戦争と非正規戦争の特徴が入り混じった戦争をハイブリッド戦争(hybrid war)と呼びました。ハイブリッド戦争という概念は、2014年にロシアがウクライナのクリミア半島を軍事占領したときに、これをハイブリッド戦争としてフレーミングしたことによって、多くの研究者に知られるようになりました。しかし、一部の研究者はハイブリッド戦争の概念が拡大解釈されたことで、分析的な価値が損なわれたと問題提起しています。

この記事ではホフマンがハイブリッド戦争をどのように論じていたのかを振り返り、その概念の本来の焦点がどこにあったのかを示そうと思います。特にハイブリッド戦争の先駆的な事例として位置づけていたヒズボラの戦い方に関する彼の事例分析を紹介します。

Hoffman, F. G. (2007). Conflict in the 21st century: The rise of hybrid wars. Arlington: Potomac Institute for Policy Studies.

まず、この研究のテーマであるハイブリッド戦争を、ホフマンがどのように捉えていたのでしょうか。ホフマンは「ハイブリッド戦争は、正規の能力、非正規の戦術と組織、テロリストの活動、例えば無差別な暴力や強制、さらに犯罪的な無秩序を含めた多様な戦争形態を取り入れたものである」と述べており(Hoffman 2007: 14)、国家主体が遂行する正規戦争と非国家主体が遂行する非正規戦争の二つの特徴を同時に併せ持った戦争と考えていました。ここで重要なポイントは、正規戦争と非正規戦争を区別し、これらが同時に発生しないと想定する軍隊の編成や運用がハイブリッド戦争では通用しないということです。

ホフマンが論稿を出したとき、アメリカでは第四世代戦争論というアイディアが議論されていたのですが、それは戦争形態を単純化、画一化する傾向がありました。ホフマンは、クラウゼヴィッツの議論に立ち返り、戦争の歴史を通じて正規戦争と非正規戦争の違いが本質的なものではなく、その意義を強調しすぎるべきではないことを複数の例を出して指摘しています(Ibid.: 18-19)。例えば、第一次世界大戦は大規模な国家間の戦争でしたが、中東方面においてはイギリスがオスマン帝国の内部で発生していたアラブの反乱を支援していたことがあり、またベトナム戦争では北ベトナムの正規軍が南ベトナムを軍事的に打ち負かす目的で、南ベトナムの反乱軍を支援していたこともありました(Ibid.: 21)。

ただ、ホフマンはこれらの歴史上の事例と現代のハイブリッド戦争との間には違いもあると考えていました。現代のハイブリッド戦争の狙いは、必ずしも非正規戦争で敵の部隊を徐々に弱らせることを目指しているわけではなく、また正規戦争で決定的戦闘で有利な態勢に立とうとしているわけでもありません。むしろ、ホフマンはハイブリッド戦争はテロのような犯罪的活動によって敵対勢力の内部秩序を混乱させることにあり(Ibid.: 29)、足席爆発装置(IED)、長射程のロケット弾やミサイル、無人航空機などを通じて物理的に損害を与えるだけでなく、人々を精神的に動揺させることが目指されていると考えています(Ibid.: 30)。したがって、ハイブリッド戦争では、伝統的な意味での軍事的勝利が必ずしも戦争目的の達成のための条件とは見なされていません。

ヒズボラはハイブリッド脅威の代表的な例であり、2006年のイスラエルとの戦争で正規戦争の能力と非正規戦争の能力を組み合わせました。ヒズボラはハサン・ナスルッラーフ書記長の指導の下で、レバノン南部に侵攻したイスラエル軍の機甲部隊の攻撃前進を阻止するため、短射程のロケット弾やミサイル火力を集中的に使用しましたが、ただ阻止火力に頼って戦ったわけではありませんでした(Ibid.: 35-6)。ヒズボラはイスラエル軍を巧みに市街戦に誘い込んで消耗させ、繰り返し襲撃を加えることで、イスラエル軍に長期にわたって損害を累積させ、最後にはレバノンから撤退させました(Ibid.: 36)。

イスラエル軍の退役軍人は、ヒズボラの武装分子はゲリラであると同時に正規軍の部隊としても動ける単位であり、その運用は驚くほど柔軟であったと証言しています(Ibid.: 39)。ヒズボラはこのような武装集団の活動を通じて人々の世論を操作することも同時に試みており、7月12日から13日にかけて4,100発を超えるロケット弾をイスラエルの北部地域に発射した際には、その精神的な衝撃からイスラエル北部地域の住民に避難を余儀なくさせようとしました(Ibid.: 39)。これはイスラエルの国民に精神的な打撃を与えることを意図したものであったと考えられます。こうした部隊の運用はハイブリッド戦争の特徴をよく示すものと考えられています。

ヒズボラとイスラエルの戦いから、アメリカ軍の部隊態勢について再検討が必要だとホフマンは主張しています。「軍隊が著しく大規模なものにならない限り、ハイブリッド戦争は我々に単一任務の部隊を構築する余裕を与えない」ので、それぞれの部隊の機能があまりにも固定的にならないにようにすべきであるとしています(Ibid.: 46)。歴史的にアメリカ軍は技術的な優越に依存した装備開発に注力する傾向がありますが、ドクトリンの改善はそれほど早くなく、敵対勢力の変化の速さに十分に追随できていません。ハイブリッド脅威に対処するには、特定の戦争形態だけを想定した教育訓練に陥ることを避けるべきであり、特に戦争の認知領域の重要性について認識を深めることが重視されています。

「ロレンスは非正規戦争のごく初期の理論家であっただけでなく、現実的な実務家でもあった。彼は認知領域はそうした紛争において重要な問題であると記した。現代の紛争における認知的要素の重要性は明らかに増大している。将来において民心の獲得(winning "hearts and minds")、あるいは研究者ジョン・マッキンリー(John MacKinlay)がバーチャル次元(virtual dimension)と呼んだものが、戦闘空間で最も重要な部分になっている可能性がある。この戦闘空間の側面は、広範に分散した現代の通信技術の影響で、より全地球的規模へと拡張されつつある」

(Ibid.: 53)

現代戦で認知領域の優位が重要になっていることは、ホフマンの独自の主張ではありません。ネット・メディアが発達したことから、紛争当事者は国際社会の世論に働きかける上で多様な手段を駆使できるようになったことは多くの研究者によって指摘されています。クラウゼヴィッツは戦争における当事者の行動を理解するには、その当事者がどのような戦力を持っているかを知るだけでなく、どのような精神状態にあるかを知らなければならないと考えていたので、ホフマンの議論はそうした認識を改めて繰り返すものであったと見なすこともできます。ただ、彼は第四世代戦争論で想定されていた戦争観、つまり一つの時代に一つの主要な戦争形態が存在するという通念を修正し、将来の戦争に備えるには、より幅の広い戦争観を持つことが必要であることを明確にする上で有意義な仕事をしたと思います。

ハイブリッド戦争は2014年以降にロシアの脅威を捉えるためのラベルとして使われるようになったことで、その意味が少しずつ拡張されるようになりました。このため、その意味が次第に曖昧になり、分析的な価値は薄れ、それは一種の流行のようになったとも指摘されています(Libiseller 2023)。確かに、今日ではハイブリッド戦争という概念は、それを遂行するために使用する手段の曖昧さ、不明確さに焦点が移ってきています。そのため、当初の意味でこの概念を議論することは難しいのですが、戦争形態の多様性を許容し、戦争の根底にある認知領域の戦いという要素を考慮したドクトリンの開発が重要であることは確かだと思います。

参考文献

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武内和人|戦争から人と社会を考える
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