論文紹介 陸上戦力が展開していれば、航空作戦の効果は高まるのか?
20世紀の初頭にイタリアのジュリオ・ドゥーエはいち早く航空戦力の重要性を認識し、独立空軍の創設を主張した軍人でした。それ以来、航空作戦をめぐる議論では航空戦力において敵に優越することの重要性が強調されるようになり、時には陸上戦力や海上戦力の軽視が行き過ぎたこともありました。
現在では航空戦力の重要性を認めつつも、ロバート・ペイプのように陸上戦力や航空戦力との統合運用の重要性も確かめられつつあります(航空戦力だけでは戦略的効果を見込めない『勝利のための爆撃』の紹介)。今回の論文紹介も、航空戦力の効果を高める上で、陸上戦力との統合運用のあり方を探求したものであるといえます。しかし、その研究成果を見れば、必ずしも統合運用が航空戦力の有効性を高めるとは限らないことが分かります。
Martinez Machain, C. (2015). Air campaign duration and the interaction of air and ground forces. International Interactions, 41(3), 539-564. https://doi.org/10.1080/03050629.2015.1018414
この論文が目指しているのは、戦争を早期に終結へと導く上で、航空戦力の効果的な運用に基づく決定的打撃が重要であることを確認し、陸上戦力との統合運用という観点から見た具体的な方法を明らかにすることです。これまでの国際政治学の理論では、戦争の原因を情報的要因で説明することが一般的になっています。ある利害をめぐって対立する国家間で戦争が勃発する主要な理由の一つは、それぞれが相手が作戦を遂行する能力、あるいは費用を負担する意志を知らないために、双方が自国が勝利を収める確率を過大に見積もるためだと考えられています(詳細に関しては合理的な国家が戦争を選ぶ3条件を説明したフィアロンの交渉モデルを参照)。したがって、戦争を終結に導くためには、戦争を通じて双方の意志と能力に関する情報を相手に伝達するシグナリング(signaling)が重要であると著者は考えます。
航空戦力は、このシグナリングの手段として重要な役割を演じることができます。なぜなら、航空戦力を使用すれば、陸上における防衛線にとらわれることなく、直接かつ迅速に目標に対して攻撃を加えることが可能となるためです。著者は、過去の戦争の経験を踏まえ、敵から航空優勢を奪えるかどうかは、敵の勢力の源泉である重心に打撃を加えることができるかどうかを左右することになるため、戦略的には戦争全体の結果を決める要因になると指摘しています。この重心には、装備、人員、施設などさまざまな要素が含まれる可能性がありますが、航空作戦の立場で考える場合、航空機、航空燃料や交換部品などの補給品、パイロット、指揮統制システムなどの候補が考えられます。ペイプのような研究者は、軍事目標に対する航空攻撃と、非軍事目標に対する航空攻撃を分けて議論していますが、著者は最近の航空作戦の研究を進めるためには、航空戦力の運用をより詳細に区分することが必要になっていると考えました。
著者は、航空戦力を運用する方法を近接航空支援(close air support, CAS)、航空阻止(interdiction)、そして戦略爆撃の3種類に区分した上で、それぞれの航空攻撃が選択的(selective)な攻撃か、そうでないかを区分することにしました。近接航空支援、航空阻止、戦略爆撃の区分は、航空攻撃の目標によって区分されています。近接航空支援は戦闘地域に位置している目標に攻撃を加える航空作戦であり、後方地域に位置している目標に攻撃を加える場合は航空阻止となります。さらにその後方の政治経済の中枢に位置している目標を叩くのであれば戦略爆撃と区分されます。この区分に加えて航空攻撃の選択性に着目すべきだと著者は主張しています。現代の軍隊が遂行する作戦は、基本的に敵の全部隊と交戦しようとはしません。それよりも、指揮統制システムなど重要な機能を奪うように選択的かつ集中的に交戦します。それによって、敵部隊の組織的、有機的な連携を不可能な状態を作り出し、全部隊を効率よく崩壊させます。無差別的に実施される爆撃は、特定の目標に対して精密に実施される航空攻撃に比べて費用がかかるだけでなく、敵を降伏に追い込む効果も乏しいという欠陥があります。もちろん、選択的な航空攻撃を行えば、必ず短期間で終了するというわけではありませんが、その確率を高める要因になると著者は考えています。
著者の研究が興味深いのは、このような航空作戦の効果を考察する上で陸上戦力が戦場に存在することの効果に目を向ける必要があると指摘し、その効果を検証していることです。ここで想定されるのは航空戦力と陸上戦力の相互支援であって、一方が他方を支援するだけでなく、双方が互いの能力を高め合う相乗効果の可能性が考えられています。1939年に第二次世界大戦が始まった直後、ドイツはポーランドに対して航空攻撃を加えていますが、純粋な航空攻撃の期間は1日にすぎず、間もなくして陸上戦力が攻撃前進を開始しました。このときのドイツ軍の電撃的な侵攻がポーランドの組織的な抵抗を崩壊させ、迅速な勝利に繋がったことは、よく知られています。このときのドイツ軍の航空作戦は、ベトナム戦争で1965年からアメリカ軍が開始したローリング・サンダー作戦とは対照的でした。この事例では3年にわたって爆撃が繰り返し実施されましたが、北ベトナムは粘り強く組織的抵抗を続けました。この二つの事例は陸上戦力が投入されていたかどうかで異なっているように見えます。
航空戦力と陸上戦力の統合運用で得られる相乗効果に関しては、いくつかの説明の仕方が考えられます。例えば、陸上に展開した部隊が敵の捜索や観測を行い、その情報で航空戦力が攻撃できれば、それは航空攻撃の選択性を高める可能性があります。また、シグナリングの観点で兼ねれば、簡単に戦域から撤退する意志がないという強い政治的な意志を示すことにも繋がるでしょう。このような政治的な効果が見込めるのであれば、陸上戦力は航空作戦の効果を高め、より速く終戦を実現させるのかもしれません。しかし、陸上部隊が投入されると、敵がより激しく抵抗するようになり、結果として戦争が長引くという逆の可能性を考えることもできます。著者は、地上で陸上戦力を伴った航空作戦がより短期間で戦争を終わらせる傾向を示す可能性も考慮しつつ、より長期化する可能性も考慮し、どちらの推論が経験的に妥当なのかをデータ分析で検証しました。
著者が用いているのは、1917年から2003年までに遂行された航空作戦のデータセットです。このデータセットに含まれている航空作戦の持続時間は月単位で測定されています。ほとんどが2年未満で終了しており、全体の平均をとると15か月でした。ただし、この平均にはイラン・イラク戦争、日中戦争、ソ連軍のアフガニスタン侵攻のように極端に長期化した事例が含まれているため、ほとんどの事例はさらに短い期間で終わっています。著者は、このデータセットを踏まえて、航空戦力の運用の仕方を近接航空支援、航空阻止、戦略爆撃に区分するコーディングを行い、選択性に関しても0から1までの範囲で評点しました。以上の作業を踏まえ、著者はデータ分析では時間が経過する際に、ある事象の発生確率がどのように変化していくのかを調べました。
著者が分析で用いているのはワイブル回帰分析として知られている手法であり、その結果から選択性が高い航空攻撃を行っている場合、その航空作戦はより短期間で終了すること、また地上部隊が存在していることによって、航空作戦の終結がより早まることが確認されています。選択的な航空作戦が選択的ではない航空作戦に比べて、明らかに持続する期間が短くなっていることは過去の研究成果とも合致するので、それ自体は驚くべきことではありません。著者のデータ分析でより興味深いのは、陸上戦力の効果が航空作戦の形態によって複雑な相互作用を示したことです。
著者はデータ分析の結果を踏まえたシミュレーションも行っているのですが、それによると陸上戦力が航空作戦に及ぼす効果は、航空作戦がどれほど選択的であるかによって異なっていました。もし非選択的な航空作戦を遂行しているのであれば、陸上戦力が投入されることによって、戦争がより早期に終結する確率が高まります。しかし、最高度に選択的な航空作戦が遂行されているような場合、陸上戦力が投入されると、かえって戦争が長期にわたって続く確率が高まるとされています。著者は、陸上戦力が航空戦力よりも機動性に乏しいこと、特に後方支援が鈍重であることから、迅速な展開や撤退が難しいことを反映しているのではないかと考えています。
この研究は選択的な航空戦力の運用において選択的な攻撃を実施する能力が高まるにつれて、航空戦力と陸上戦力の最適な統合運用のあり方も変化する可能性があることを示唆しています。陸上戦力が常に鈍重な後方支援部隊を引き連れながら機動展開を行う必要があることを考慮すると、航空戦力の強みである機動性は制約を受けざるを得ないため、陸上戦力の統合運用を最適化する仕方について慎重な検討が必要となるでしょう。著者の報告は統合運用の必要性を否定するわけではありませんが、相乗効果の有無や度合いに関して実証的な調査をさらに進める必要があるという著者の指摘は妥当なものだろうと思います。
見出し画像:Air Force Staff Sgt. Taylor Solberg