【シリーズ】基礎から学ぶ軍事学入門(2):軍事学の方法
この記事は「【シリーズ】基礎から学ぶ軍事学入門(1):軍事学とは何か」の続きになります。まず、そちらをご覧いただいてから読み進めることを推奨いたします。
3 経験科学の基礎
軍事学史を学ぶと、軍事学が決して一直線に発展を遂げてきたわけではないことが分かります。その理由を理解するために、ここで理論、概念、仮説などの用語を導入します。まず理論(theory)という用語は、さまざまな概念(concept)の間にある論理的な関係を体系化したものです。概念は、複雑な世界の現象を切り取るカテゴリーであり、学術研究の文脈では特に専門的な定義が与えられた用語をいいます。
例えば戦闘力という概念を考えてみます。戦闘力は一般に任務達成のために部隊として行使できる能力と定義できます。軍事理論では、この概念が火力、機動、防護など戦闘行動において有用な機能を包括する概念と位置づけられています。つまり、火力、機動、防護は戦闘力の下位概念であり、戦闘力は火力、機動、防護の上位概念です。そして、戦闘力の水準は、火力、機動、防護の機能によって影響を受けるという因果関係にあり、より厳密には、それらの機能の相乗効果で変化します。理論と概念は相補的な関係にあり、明確に定義された概念がなければ、明快な理論を展開することはできません。
すでに見て来たように、軍事学の内容には絶えず研究者の厳しい目が向けられてきました。その理論が現実と一致しないことが発見されると、さまざまな修正を加えられ、その修正のあり方についても論争が起きてきました。このような手順が必要である理由は、理論が複雑な因果関係をモデル化する道具として有用であるものの、それは人間によって作られたものであり、どうしても誤解が入り込む場合があるためです。理論を検証することは、理論を構築する以上に重要であり、この活動がなければ、さまざまな錯誤が理論に入り込んでも、それを排除することができません。検証の手続きでは、理論から仮説(hypothesis)を導き出し、その正しさを現実の事象と照らし合わせて評価するという手順を踏みます。理論全体の妥当性を一度に検証することは困難ですが、理論の一部分を抽出した仮説を検証することにより、理論全体の妥当性を推定することが可能になります。
仮説は理論から論理的に導き出せるような命題です。しかし、仮説は同時に理論の検証を目的とするため、観察可能な現象から誰でも真偽を判断できるように設計された命題でなければなりません。したがって、仮説を組み立てる研究者は、理論に対する深い理解と、検証可能な現象に関する実際的な知識を併せ持っていなければなりません。例えば、戦争遂行に経済活動が寄与するという仮説は、あまりにも漠然としており、客観的な事実に基づいて真偽を判定できない命題です。つまり、仮説としてあまり価値がありません。しかし、戦争遂行の程度を軍事予算の大きさとして、経済活動をその国家の国内総生産として定量的に捉えれば、より客観的に検証が可能になります。定性的な概念を定量的な概念に変換することで検証を容易にすることを操作化(operationalization)といいます。操作化は仮説の設計で重要な技法ですが、どのような操作化が適切であるかは、概念の定義だけでなく、研究の目的によっても変化する点に留意しなければなりません。
理論の妥当性を検証する作業には長い時間と多くの労力がかかりますが、それでも研究者がそれに取り組むのは、適切な理論を構築すれば、現実の事象を合理的に説明することを可能にするだけでなく、具体的な問題を解決する上でも役に立つためです。ある予算制約の下で、軍隊の資源をどのように配分すべきか、広大な防衛線のどこに部隊を配備すれば敵に対処しやすいのか、戦闘でどのような運用構想を選択すれば、味方の損耗を最小にし、かつ敵の損耗を最大にできるのか。こういった問題はいずれも最適化(optimization)の問題に属するものです。最適性の基準は各国の国力や国情によって異なるので、国家は使命、編成、運用の基準となるドクトリン(doctrine)を独自に設定し、それに基づいて装備開発、部隊配備、作戦運用の最適化を図ることになります。このような作業を進める上で健全な理論には大きな価値があるため、理論の構築と検証を継続的に進めることが必要です。
(1)戦略爆撃の理論
研究者が理論を見直していく過程の一例として、ここでジュリオ・ドゥーエの戦略爆撃をめぐる研究者の議論を紹介しておきたいと思います。ドゥーエの理論は、戦争における航空機の軍事的な価値をいち早く評価した研究の成果であり、当時としては画期的なものでした。彼の見解によれば、陸軍や海軍によらずとも、空軍の能力だけで戦争の結果を決することさえ可能になります。なぜなら、航空部隊で敵国の政経中枢を占める都市を直接的に攻撃すれば、敵国の国民はたちまち恐慌状態に陥り、政府に降伏するように働きかけるはずだと想定されていたためです。
第一次世界大戦が終結してから、ドゥーエの著作は世界中の軍人に読まれました。特に影響が大きかったのはアメリカであり、第二次世界大戦に参戦してからはドイツ、日本の主要都市に対する戦略爆撃を実行に移しました。しかし、戦略爆撃が繰り返されるにつれて、必ずしもドゥーエが思い描いたような効果が得られないことが明らかになってきました。戦略爆撃を受けたからといって、その標的となった民間人は恐慌状態に陥るわけではありませんでした。戦略爆撃では、心理的な効果だけでなく、工業生産を阻害することで、武器や弾薬を生産する能力を低下させることも図られましたが、当時はまだ爆弾の弾着を誘導する装置も開発されておらず、高精度な爆撃が困難でした。そのため、軍事部門の生産活動に使用されている設備にだけ被害を及ぼす爆撃はできず、特定地域に大量の爆弾を広範に投下する絨毯爆撃が繰り返され、非戦闘員に多くの犠牲が出ました。
(2)核兵器の登場
1945年にアメリカ軍が初めて原子爆弾を開発したときもドゥーエの研究は依然として理論的な根拠と見なされていました。原子爆弾はわずか1発で都市全体を破壊することが可能な威力があったことから、それは広範な地域目標を対象にして行う戦略爆撃にとって最適な手段であるかのように考えられていました。しかし、一部の研究者は核兵器の威力がそれまでの兵器と比較にならないほど大きなものであることを懸念し、運用のあり方を抜本的に見直すべきではないかと主張し始めました。バーナード・ブローディは核兵器を使用して戦争を遂行しようとすることが、いかに重大な事態を招くことになるのかを予見しました。いずれ、核兵器はアメリカだけでなく、アメリカの敵国も保有する恐れがあるため、アメリカは核兵器で軍事的な勝利を目指すのではなく、相手に武力の行使を思いとどまらせる抑止を目指すべきではないかと主張しました。これは当時としては戦略の考え方を大きく転換するものであり、ドゥーエが示した理論とは異なる理論を再構築する動きであったといえます。
しかし、ウィリアム・ボーデンは、ブローディに対して即座に異論を唱えました。ボーデンは、第二次世界大戦の最中にドイツが弾道ミサイルを開発し、実戦で使用したことに強い関心を持っていました。弾道ミサイルは航空機よりもはるかに迅速に飛翔し、遠隔の目標に到達します。その速度は迎撃をほとんど許さないほどであるため、世界に弾道ミサイルが普及すれば、それは戦争の様相を一変させる可能性があるとボーデンは考えました。もし核爆弾を弾道ミサイルの弾頭として、攻撃することが可能になれば、もはや爆撃機から投下する必要はなくなるだけでなく、より確実に敵の国土を焦土にすることができるようになります。ボーデンは、将来の戦争が核戦争になることは、もはや避けがたい潮流であるという立場をとり、敵を核兵器で先制できることが国防のためには必要になると主張しました。ただし、ボーデンは民間人を狙うような攻撃は戦力の無駄であり、敵の核兵器を優先的に狙うべきであるとして、ドゥーエの理論に重要な修正を加えることも提案しました。
(3)戦略理論の転換
ブローディとボーデンの論争は、やがて核戦略をめぐる議論に発展していきました。核戦略の議論では今でも抑止と対処という二つの領域で異なる理論が提案されています。ここで強調したいことは、軍事学が観察可能な経験を踏まえ、理論に必要な修正を加え、それに基づいて問題を解決する方法を模索したことです。ドゥーエが想定していなかった核兵器が出現したことを踏まえ、ブローディはまったく異なる体系の理論を提案し、ボーデンは部分的な修正に留めようとしています。それぞれの方向はまったく異なりますが、彼らは現実に通用する核戦略の理論を構築するために新たな一歩を踏み出したのだと思います。
かつてクラウゼヴィッツは、理論を持たずに戦争のような混乱した状況を観察するだけでは、何が起きているのかを認識することも、そこから推論を進めることもできず、ひどく混乱するだけだと述べたことがあります。特に体系的に物事を考える習慣がない人々は「自分が考えていることをはっきり意識し得ず」、そのために同じような根拠からまったく反対の結論を引き出すことが起きる、としています。理論は時として人々を誤解させ、問題の解決を誤らせますが、明瞭に思考を組み立て、建設的に議論を進め、問題解決に貢献することができます。それこそが、軍事学の研究者が目指しているものに他なりません。
4 方法論
次に軍事学の研究活動を支える代表的な方法論(methodology)をいくつか紹介します。先に述べた通り、軍事学は経験科学なので、観察可能な経験から関心ある事象に関する情報を取得し、それらを分析することによって有用な知識を獲得しようとします。しかし、知識の獲得に至る過程で、研究者が持つ偏見やバイアスが分析の結果を歪めるリスクがあるため、分析の手順にさまざまな規則や基準を設けることが考案されています。軍事学の方法論の多くは社会科学で採用されているものと基本的には同じですが、他の分野であまり見られない独特な方法も使用されています。ここでは軍事学で特に代表的な方法論を以下に示してみます。
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