見出し画像

論文紹介 なぜエチオピアは周辺諸国と対立を深めているのか?

近年、エチオピアは近隣諸国との間で政治対立を深めています。1995年から2012年まで首相を務めたメレス・ゼナウィ(Meles Zenawi)は地域を安定化させることがエチオピアの最優先課題であると主張していました。

しかし、1990年代以降にエチオピアでは権威主義体制が強化されており、より強硬な対外政策を採用するようになっています。結果としてエチオピアは地域を不安定化させつつあり、研究者らはその影響の広がりに注目しています。

以下の論文では、2009年から2017年までエチオピアが地域覇権を追求する動きを見せていること、その動きが必ずしも有効な対外政策として機能していないことを国際政治学の観点から分析しています。

Sonia Le Gouriellec, Regional power and contested hierarchy: Ethiopia, an ‘imperfect hegemon’ in the Horn of Africa, International Affairs, Volume 94, Issue 5, September 2018, Pages 1059–1075, https://doi.org/10.1093/ia/iiy117

地域の覇権国を自任するエチオピア

エチオピアは自国を地域の安定に寄与する覇権国であるかのように振舞っていますが、それは内実を伴った行動ではないと著者らは考えています。

そもそも国際政治学の研究では大国が中小国に対して優越した地位にあることを覇権国の特徴と見なしています。ただ、国際法の原則では、あらゆる国家が形式的には平等な立場に立っているため、その影響力が発揮できるのは中小国が大国の指導を受け入れる場合に限定されています。

著者らはこの関係性が成り立つためには、覇権を握ろうとする大国が、中小国から軍事的脅威と見なされていないこと、経済的能力においても優越した立場に立っていること、そして規範や制度を通じて外交にイデオロギー的な正統性を持たせる必要があると論じています。

今のエチオピアはこのような状態を実現できていないため、周辺諸国との間で生じる軋轢が深刻な問題となっていると著者らは説明しています。

裏目に出るエチオピアの積極的関与

エチオピアは大きな経済力、軍事力を保有する地域大国であり、平和維持を通じてアフリカの各地に部隊を派遣した実績もあります。しかし、エチオピアから分離独立したエリトリアとの間で領土問題を抱えており、1998年には戦争が勃発したこともあります。

著者らの見解によれば、国家の主権を守るために、エチオピアとしてはエリトリアと戦い続けなければならないという信念が形成されているようです。しかし、エリトリアとの武力紛争でエチオピアは国際社会から国際法に違反しているという批判をたびたび受けるようになり、外交においては不利な立場に立たされています。

エチオピアの軍事行動はソマリアでも活発でした。ソマリアではイスラム教徒の割合が多く、国境の管理が不十分であることから、2001年にアメリカで起きた同時多発テロ事件以降、国際テロリスト集団の拠点が構築されることが恐れられていました。エチオピアはこの脅威を取り除くため、2006年から軍事的介入を開始し、反イスラム主義の立場をとるソマリア暫定連邦政府を支援しました。

ソマリアでイスラム主義の立場をとるイスラム法廷会議は、エチオピア軍のソマリア進駐を強く非難し、武力で抵抗を続けました。エチオピア軍のドクトリンはソ連軍のドクトリンに強く影響を受けており、作戦行動においては火力の運用を重視したために、ソマリアの市街戦では多数の非戦闘員を殺傷する事態に繋がり、現地の社会における民衆の支持を失っています。

著者らはエチオピアは近隣諸国に対して攻撃的、好戦的な対外政策を採用することによって、覇権的な地位からますます遠ざかり、地域の安定を損なっている可能性を指摘しています。その背後にあるのはエチオピアの側にある強い大国意識であり、それによって隣国を対等な国家と見なすことを拒絶する傾向が生まれていると説明しています。

強すぎる大国意識に縛られている

著者らの調査によれば、エチオピアが発表する政策資料では自国が脅威に囲まれた内陸国であるというイメージを繰り返し強調されています。それにもかかわらず、エチオピアは隣国よりも弱小であることを認めず、むしろ隣国以上に重要な役割を果たすことが当然のことであると主張し、それを外交声明の文言に反映させます。

それらは単なる宣伝の域を超えており、エチオピアの民族主義に強い大国意識が織り込まれていることを示していると著者らは分析しています。

確かにエチオピアはアフリカで最も古い歴史を持つ国の一つであり、1世紀までに発展したアクスム王国に起源があるとされています。しかし、その歴史と伝統を背景とした民族主義、大国意識が周辺諸国と軋轢を生んでいるとすれば、それはエチオピアの発展の妨げとなるかもしれません。

著者らは結論部でエチオピアが「歴史と地理の虜になっている」と述べており、覇権国として周囲に平和で安定した地域を構築しようという目論見は、「その地域の抵抗によって妨害されている」と見ています。

関連記事


いいなと思ったら応援しよう!

武内和人|戦争から人と社会を考える
調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。