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殺戮や破壊ではなく、精神的な衝撃の軍事的な重要性を強調したThe Human Face of War(2009)の紹介

イギリス陸軍軍人ジム・ストー(Jim Storr)は戦闘における奇襲の意義を改めて確認し、その効果が一般的に想像されているよりも、はるかに大きなものであることを『戦争の人間的側面(The Human Face of War)』(2009)で論じています。20世紀以降に軍事学では機動戦に関する研究が続けられてきましたが、この著作もその流れに位置づけられる研究成果の一つです。

Storr, J. (2009). The human face of war. Bloomsbury Publishing.

この著作の基本的な主張は、戦闘の過程を理解するため、戦闘の人間的な側面を理解しなければならない、ということになるでしょう。よく知られていることであるはずですが、著者はこの視点に立脚して構築された戦闘の理論が依然として貧弱であることを問題として提起しています。

戦闘は本質的に人間の集団的、個人的な行為から成り立っているので、戦いの原則のように一定の原則を適用するだけでは解決することができない問題です。著者は、戦闘における勝利を達成するために、精神的な影響が重要であると述べていますが、そのメカニズムは奇襲(surprise)と衝撃(shock)で異なっていると述べています。

奇襲とは、敵の予期しない時期、場所、方法で攻撃することで実行することができます。奇襲は攻撃が成功する上で重要な要件であり、もし敵を奇襲できたならば、著者は75%の確率で全面的な成功を収めることが可能となると論じています。しかも、奇襲の効果は彼我の部隊の勢力比に依存しないとされています。

奇襲の影響は戦闘が起きている現場で完結するものではなく、上級司令部が現場で起きていることを正しく認識することを阻害することも重要です。このため、奇襲を受けると組織的に問題に対応することが困難となります。

奇襲に対して衝撃はどのような意味なのでしょうか。一言で述べると、衝撃は防御戦闘の効率性を低下させる行動であり、奇襲のように必ずしも攻撃を伴うとは限りません。衝撃は、個人や部隊を撤退させ、あるいは降伏させるように仕向けることで、防者が戦闘を実施する効率を低下させる行動です。無論、奇襲が成功した場合の副次的、二次的な効果として衝撃効果が得られることもあり得ますが、衝撃は奇襲の副次的な影響ではありません。

衝撃の効果のみを目的とした戦術として古くから使用されているものとして、無力化(neutralization)を目的とした砲兵の射撃があります。第一次世界大戦で考案された砲兵戦術ですが、これは短期間で集中的に射撃を実施することで、衝撃効果を最大化しようとするものです。例えば、100時間かけて断続的に砲撃を加えた場合、その衝撃効果は急速に減退し、次第に敵も慣れてきます。したがって、その後で歩兵を突撃させたとしても、衝撃効果はあまり期待できません。しかし、まったく同じ弾量を数十分の間に集中的に使用し、猛烈な砲撃を加えれば、より大きな衝撃効果を発揮することが期待されます。

これ以外にも機甲部隊の迅速な進撃や、歩兵部隊を使用した夜襲など、敵に衝撃効果を得る方法はいろいろ考えられます。浸透(infiltration)は、衝撃効果に優れた攻撃機動の方式であり、小単位部隊の指揮官がそれぞれ独自に状況を判断しながら、それぞれの経路で敵の強固な陣地は避けつつ、迅速に攻撃前進を続けます。時間的猶予を与えることなく、敵の側面や背面に迅速に回り込み、本隊から切り離してしまえば、彼らを殺傷せずとも、戦意を喪失させ、降参に追い込むことができると著者は主張しています。

しかし、こうした戦術を好まない軍人もいます。著者はノーマン・ディクソンの著作『軍事的無能の心理学』(1976)を参照し、権威主義的パーソナリティを保有する指揮官が、平時の軍隊において定型化された業務を遂行する能力が高いものの、不確実性、不規則性を嫌う傾向があると論じています(指揮官の無能さを心理的に分析する『軍事的無能の心理学』(1976)の紹介も参照)。こうしたパーソナリティを持つ個人の視点では、精神的な衝撃効果を得ることを目的とした行動は効果が不確かすぎます。小単位部隊に指揮を委任することにも不安を感じます。彼らは教範や標準作業手続きから逸脱しない方法で問題を解決することを好むため、その結果として予測可能な戦術を重視します。そのため、著者は戦闘の研究でも、人事と戦術の関係に目を向ける必要があることを示しています。

この著作の議論の大半は概念的、理論的なものであり、議論の妥当性について批判の余地もあるのですが、戦闘における人間的な側面、特に心理的な影響を人事上の問題にまで掘り下げて考察しようとした研究は珍しく、その点はとても独創的な論考だと思います。部隊の戦闘効率を高める処方箋については多くの議論がありますが、この著作はそれらを組織として習得し、実践することが簡単ではない理由を示しています。

見出し画像:U.S. DoD Photo, Navy Petty Officer 1st Class Trey Hutcheson

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