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経済戦争の戦略理論:フラーが語る冷戦時代の戦略と貿易の関係

1945年にアメリカが日本の広島と長崎に対して使用した核爆弾の威力があまりに大きかったために、当時の研究者は国家が安全保障を追求する手段として武力の行使に頼ることは、かえって危険だと考え始めました。

それまで戦略の研究では、武力を行使する方法の解明が課題とされてきましたが、1945年以降には武力を行使せずにすませる方法の解明が課題として新たに追加されたのです。抑止論が登場したのは、このような問題関心の変化があったためでした。

しかし、この問題関心の変化は武力以外の手段で国家が安全保障を追求する戦略を必要としました。ジョン・フレデリック・チャールズ・フラーは今後の戦略では武力戦争に変わって経済戦争の重要性が増してくるだろうと予測したイギリスの軍事評論家であり、アメリカとソ連の冷戦構造では、特に貿易が経済戦争の手段として注目すべきだと論じていました。

1961年に出版されたフラーの著作『制限戦争指導論(The Conduct of War)』(1964)によれば、第二次世界大戦の末期に開発された核兵器によって、国家は武力戦争を遂行することが困難になりました。その代わりに注目されるようになったのが経済戦争であり、これは敵対する国家を財政的に破綻状態に追い込むことを目指す戦いです。フラー自身の説明は次の通りです。

「全面核戦争の脅威によって引き起された恐怖のもとにおいて、軍隊は工場に、兵器は商品に道を譲り、市場は将来の戦場となってきた。形は違っているが、それは、絶対君主達の無血戦争への復帰であった。絶対君主達の目的は、相互の軍隊を破滅させることにあったというよりは、むしろ相互の国庫を破産させることにあった」(邦訳『制限戦争指導論』478頁)

核時代の国際政治では、超大国が他の超大国に戦いを挑み、その部隊を撃破しようとすれば、事態が核戦争にエスカレートする事態を想定しなければなりません。しかし、そのような場合に被る損失は戦闘で勝利した場合に期待できる利益を上回るため、戦闘における戦果を最大化することに戦略上の合理性がありません。

相手国を財政的に追い詰める経済戦争であれば、核戦争にエスカレートする危険を避けながら、相手国に対して圧力をかけることができます。具体的な手段としてフラーは貿易が重要だと論じています。

「ソ連の挑戦に対処するために、民主主義諸国は次のことを認識しなければならない。すなわち、民主主義諸国が対応することを求められている問題は、その目的が純粋に経済的であった前時代の国際競争とは全く違ったものであるということである。今日、民主主義諸国は軍事的意味を持つ経済戦争に直面している。この戦争は革命をねらっており、そこでは、貿易が軍隊と同じ役割を演ずるのである」(同上、483頁)

1950年代のソ連が東ヨーロッパで行った対外政策を調べると、「衛星諸国の経済がソ連の経済と重複しないように組織されること、そしてそれらが次第に一つの巨大な工場の諸部門に転換されること」を目指しており、貿易でソ連に依存しやすい国を増やすことで、ソ連の指導力を強化する意図があったとフラーは見ています(同上、480頁)。

このような経済戦争で軍備が無意味になるわけではありません。例えば、自国が軍備拡張を行えば、抑止力を維持するために、対峙する相手国も追加の軍事費を支出せざるを得なくなります。これは相手国の財政に負担を課すことに繋がるため、経済戦争の手段として軍備を活用することもできるのです。

フラーの視点に立つならば、冷戦の歴史を経済戦争の歴史として捉えることができるでしょう。核戦略、軍備管理は経済戦争を遂行するための補助的な手段であって、通商政策や財政運営が戦略的に運用されていたと考える必要が出てくるでしょう。

フラーは1966年に亡くなりましたが、1970年代にソ連経済が機械や穀物などの技術革新に行き詰まり、西側諸国からの輸入への依存を深めるようになったことを知っていれば、その段階で冷戦の結末を見通していたのかもしれません。

参考文献

J・F・C・フラー『制限戦争指導論』中村好寿訳、原書房、2009年

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武内和人|戦争から人と社会を考える
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