地政学でエアパワーはどのように考察されたのか? セヴァスキー『エアパワーによる勝利』(1942)の紹介
地政学は世界全体を一つの地域として捉え、国家間の政治的相互作用と地理的現象がどのように影響を及ぼし合っているのかを考察する研究領域です。19世紀後半から20世紀前半に発達した古典地政学では、アルフレッド・セイヤー・マハンやハルフォード・マッキンダー、ニコラス・スパイクマンなどの業績が有名ですが、これらはエアパワーが国家間の勢力関係の優劣に及ぼす影響を必ずしも十分に検討していません。アレクサンダー・ド・セヴァスキーは、エアパワーの概念を地政学的分析に取り入れ、いち早くその影響を考察した研究者でした。アメリカとソ連が対峙する北極海の空域が持つ戦略的意義をいち早く指摘したことで評価されています。
『エアパワーによる勝利』の基本思想
アメリカが第二次世界大戦に参戦した翌年の1942年、セヴァスキーは『エアパワーによる勝利(Victory through Air Power)』という著作を出版しました。この著作の内容の多くの部分は航空技術の発達に関する分析で占められています。しかし、1941年12月の真珠湾攻撃とマレー沖海戦に触れ、戦艦が航空機の攻撃で沈められたことは、海上戦における航空技術の重要性をはっきりと示すものであるとして、これまで以上に国家が航空機を開発、製造、運用する能力を高めなければならないと主張するなど、国家戦略の議論も含まれています。
地政学に関心を持って読んだときに興味深いのは、セヴァスキーが過去のイギリスが世界の海を制するシーパワー大国であったように、将来のアメリカは世界の空を制するエアパワー国家になるべきである、と主張していたことです。少し長くなりますが、彼自身の文章を引用します。
著作の中でセヴァスキーは、第一次世界大戦、第二次世界大戦の経験を踏まえながら、近代的なエアパワーの運用に取り入れるべき原則を導き出そうともしています。セヴァスキーのエアパワーに対する考え方がよく表れているので、ここではその一部を紹介してみたいと思います。
1 制空がなければ陸上・海上作戦は不可能
セヴァスキーは陸上作戦、海上作戦は制空(control of the air)がなければ不可能であると主張しています。つまり、味方の空軍が敗北すると、単に陸上戦や海上戦を遂行することが妨げられるだけではなく、敵の航空攻撃によって組織的な戦闘行動を続けることが困難になるということです。
彼は「今日において、適切なエアパワーの傘があることが敵の航空部隊の打撃可能な範囲内で陸上戦・海上戦を遂行するための最低限の条件である。このことを理解しない者、まだ心得ていない者、すなわち、敵に空が制されている下で戦艦や地上部隊をあえて送り込むような者は、近代戦の遂行、あるいは近代戦の準備において責務を果たせる人物ではない」と述べています(Ibid.: 125)。
2 海軍は戦略的攻勢の機能を喪失した
セヴァスキーは海軍部隊は戦略的な攻勢の機能を喪失してきた、と述べています。これは防空のために地上で配備された航空機が十分であれば、敵の海上部隊が沿岸に接近することを拒否することが可能になると考えられているためです。
攻撃の場面でも、敵の沿岸部に置かれている港湾に対して攻撃を加える際には、海上部隊ではなく航空部隊が中心的な役割を果たすようになると予想されており、次のように論じられています。「これからの戦略的な攻勢は航空機にかかっている。エアパワーが空を制した後でのみ、艦隊は任務達成の期待を持って追随することが可能となる。絶対的制空権(air mastery)がなく、奇襲によって着上陸したとしても、上陸堡で殲滅される恐れがある」(Ibid.: 126)
これに続いてセヴァスキーはヨーロッパ大陸への反攻を早期に実施すべきだと主張する論者に対し、この点をもっと考慮するべきであるとも主張しています。
3 今後、エアパワーは経済封鎖を遂行する
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