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自己愛を強めた政治家の性格を考察したNarcissism and Politics(2014)の紹介

アメリカ中央情報局(CIA)で国家指導者の心理分析に携わった精神科医のジェロルド・ポスト(Jerrold M. Post)はパーソナリティと対外政策の関係について興味深い考察を数多く残しました。今回は彼の著作『ナルシシズムと政治(Narcissism and Politics)』(2015)でナルシシズムの影響がどのように説明されているのかを紹介したいと思います。

Post, J. M. (2015). Narcissism and politics: Dreams of glory. Cambridge University Press.

そもそもナルシシズム(narcicism)は病的なほどに自己愛を強めたパーソナリティ特性のことですが、著者は政治史で多くの指導者がこの特性を有してきたと述べており、「国内外の政治指導者が過剰に代表する自己愛性パーソナリティ特性が、政治行動に与える影響を明らかにすること」を目標としています。指導者の精神分析を通じて彼らの生い立ちにまで踏み込み、ナルシシズムが政治的な意思決定に及ぼす影響を探索しています。

人間の性質として自己愛を持つこと自体は自然な傾向であり、自身の精神の衛生を保つために必要なメカニズムであるともいえます。私たちは人生を歩む中で社会的な失敗などにより悪い自己認識を持ち、ストレスを感じることがありますが、その際にも時間をかけてよい自己認識と折り合いをつけ、安定した自己認識を獲得していくものです。この過程で自己認識があまりにも現実から乖離したものにならないように人々は調整していきます。

ナルシシズムが強まるのは、この調整のプロセスを通じて現実の世界から大きく乖離した理想的な自己認識を形成する場合です。抑圧的家庭で幼少期を過ごした場合や、大きな心的外傷を経験した場合、個人は自己愛を満たす資源として極端に理想化された自己認識を必要とするようになります。感情的ニーズの大きさに応じて、ナルシシズムには程度に違いがあり、健全な範囲で収まることもあれば、絶対的な権力を追求し、自己破壊的な行動を示す恐れもあると考えています。

つまり、極端なまでに理想化された自己認識を持っていたとしても、それが自分自身の不安に対処し、社会生活への適応を助けているのであれば、それは決して有害なものとは限りません。ただ、政治の世界に入ると個人のナルシシズムの傾向が先鋭化しやすくなるため、特別な注意が必要だと著者は述べています。民衆からカリスマ的な指導者として受け入れられると、理想化された自己認識をさらに拡張する機会が生じるため、自己陶酔的な行動を強化しやすくなります。

本書で著者はイラクの独裁者サッダーム・フセインの例を何度も取り上げていますが、彼は家庭内で継父からの暴力を受けており、強い不安を感じながら幼少期を過ごしました。著派はこうした辛い経験がサッダームのパーソナリティ形成に与えた長期的な影響として、尊大に振舞っているものの、内心では強い不安に悩まされるようになったと解釈しています。結果的にサッダームは「受動的に膝を屈し、優勢な力に服従することはサッダームにとっては不可能だった。彼は、受動的な無力感に救済的で力強い行動で対抗し、自己効力感と権力感を取り戻すための行動を取らざるを得なかった」と述べています(p. 23)。

また、このような視点でロシアのウラジーミル・プーチンの心理を理解することも重要であるとも著者は述べています。この著作は2014年にクリミア半島をロシアが軍事占領し、ドンバスに対する武力紛争にロシアが関与した後に出されていますが、「クリミアとウクライナにおけるプーチン大統領の最近の行動の原動力は極度のナルシシズムである。この元KGBの工作員の今後の行動を予測するためには、彼のナルシストな性格と権力と支配に対する強い欲求に依拠しなければならない」と勧告しています(p.220)。

ただし、この著作にはいくつか問題もあります。以前に発表された論文を再構成している部分も多いので、全体として必ずしも一貫した分析が展開されているわけではありません。この方面の研究は逸話的な根拠に依拠しており、方法論的課題も残っています。それでも、政治家が権力に近づく動機として、こうした精神的要因が関連していることを知っておくことは重要だと思います。

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