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論文紹介 米国の対ロシア戦略における特殊作戦部隊の運用を考える

2021年、アメリカのバイデン大統領が改定した『暫定版国家安全保障戦略の指針』では、中国やロシアの脅威を念頭に、「戦略的競合に打ち勝つこと(to prevail in strategic competition)」を目指すとの方針が示されました(Interim National Security Strategic Guidance)。

これは国際システムの安定を揺るがす脅威に対して、アメリカが断固として対抗する姿勢を示したものとして評価できますが、ロシアや中国のような大国に対抗しようとする際に生じるエスカレーション(escalation)を管理する方法が適切に組み込まれなければ、戦略としての実効性は期待できないでしょう。ここでのエスカレーションは、戦争が段階的に拡大していくことをいいます。

実際、ヨーロッパでロシアが勢力を拡大するため、何かしらの軍事的手段を使用したとしても、アメリカが軍事的手段で「打ち勝つ」ことが常に最善の手であるとは限りません。ヨーロッパの戦域ではロシアが大規模な地上兵力を動員、展開して、事態をエスカレートさせやすく、局地戦争をヨーロッパ全体を巻き込む地域戦争に拡大することもできます。アメリカはロシアを実力で圧倒することは避け、危機を管理し、戦争を限定するような戦略行動を選択せざるを得ないでしょう。

このような状況でアメリカが使用できる兵力の一つが特殊作戦部隊です。特殊作戦部隊はエスカレーションの危険を最小限に抑制しながら運用できる兵力ですが、今回の論文紹介では、アメリカ海軍の特殊作戦部隊に注目した研究を紹介したいと思います。

Stinger, Kevin D. (2021). Jomini and Naval Special Operations Forces: An Applied-Competition Approach to Russia. Naval War College Review, 74(4). Article 7. 

著者が見たところ、ロシアのプーチン大統領は武力紛争のエスカレーションを一定の烈度に制御するために、軍事的手段だけに頼るのではなく、非軍事的手段を統合した戦略を展開してきています。2014年以降にロシアはクリミア半島を事実上軍事占領し、ウクライナ東部にあたるドンバスを支配する武装勢力を援助してきましたが、その際にも大規模な宣伝広報を展開し、ロシアの行為の適法性、正当性を内外に訴えかけ、政治的な反発を最小限に抑制しようとしました

2013年2月、ロシア軍のワレリー・ゲラシモフ参謀総長が21世紀の戦争と平和の境界が曖昧であることに着目し、そのような戦争の様態に適したドクトリンの重要性を主張しています。アメリカも本格的な戦争状態に至らない烈度において、政治的目的を達成できるような軍事作戦の重要性を認識する必要があると著者は論じており、ヨーロッパの戦域においてロシアに対抗するため、アメリカ海軍の特殊作戦部隊の運用を検討すべきと主張しています。

特殊作戦部隊の戦略的運用を考えるために著者が持ち出しているのは19世紀のスイス出身の軍人であり、ナポレオン戦争(1804~1815)でフランスに従軍したアントワーヌ・アンリ・ジョミニの理論です。ジョミニは19世紀の戦争を想定して軍隊の運用を考えていた戦略家なので、当然ながらその内容には時代遅れになった部分も含まれています。しかし、ジョミニは戦いを制する上で空間を制する意義を常に意識していたことを著者は高く評価しており、その分析のモデルは21世紀のアメリカの対ロシア戦略を考えるための基礎になると考えました。

ジョミニの説によれば、戦略とは地図の上で作戦地域の全体を視野に入れながら戦争を遂行する技術です。彼はあらゆる戦域を4つの辺から構成される方形で捉え、そのうちの2辺、可能であれば3辺を制することによって、敵に対して優位に立つことが可能になると考えていました(ちなみに、このような態勢で行われる作戦を軍事の用語では外線作戦と呼びます。詳細に関しては作戦線の方向と構成から戦況を判断するジョミニの分析方法を参照)。このモデルをヨーロッパの情勢に適用した場合、著者はロシアが優勢な東辺とアメリカが優勢な西辺が対向しているだけでなく、フィンランドからバルト三国が北辺を、ジョージアやウクライナが南辺に位置することを示しています。

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