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怪異体験を克明に炙り出す川奈怪談最新刊『禍いの因果 現代奇譚集』(川奈まり子/著)著者コメント+収録作「ある家の祟りの記録」冒頭1篇掲載

人々の歴史と怪異が交差する怪談集

あらすじ・内容

「この家はあるじ夫妻の死と共に滅びる」
井戸を埋めた家に起きた災禍 ――「ある家の祟りの記録」より

怪異体験を克明に炙り出す川奈怪談!

6000件を超える怪談取材を行ってきた川奈まり子が、人間の業と情念、因果応報の物語を体験者視点の語りという新たな読み味で綴る。
・毎夜夢の中で赤黒い何者かに責めさいなまれる――やがてわかる悲しい事実「おはぎちゃん」
・黄昏時に誰もいない自宅にひっそりと佇む見知らぬ男女、その壮絶な理由「逢魔が時の家」
・遠方に住む伯父が遺産を寄越せと言い出して…相続争いが生んだ怪異「帰
るところ」
・客のいない明け方のカウンターに置かれる酒の入ったグラスとは「バーの指定席」
・旧家の古い井戸を改修するとともに始まった不幸の連鎖の顛末「ある家の祟りの記録」
――など40編を収録。

著者コメント

 取材に注力しながら怪異体験談を蒐集して、今年で10年目になります。
 これまでにインタビューした人は軽く千人を超え、集めた話は6千件以上。
 体験談に依拠した怪談に魅了されているからこそ続けられた次第で、私は常に誠実かつ執拗な取材者でしたが、そろそろ新しいことを始めても良い頃合いです。
 この『禍いの因果 現代奇譚集』では、徹底的に体験者の視点に立って綴ってみました。
 実は、取材者視点を捨てたのは書き方だけで、その他の手法は従来と変わりありません。
 すなわち、インタビューをし、関連資料を読み込み、必要に応じて実地踏査を行い、インタビューのメモを含めた取材結果を再構成しています。
 ……ところが、どうでしょう。
 いわゆる「体験談」に近い読み口に仕上がったではありませんか!
 怪談の原型は体験談です。
 どうやら私の怪談は、一周回って原点回帰してしまったようです。
 読者さんたちの反応を愉しみにしております。

川奈まり子

試し読み1話

ある家の祟りの記録

 この一連のエピソードは、広島市在住の昌美さんという女性からお寄せいただいた。
 ひとつながりの長い怪談として構成することも出来たが、一つ一つの出来事を粒だたせた方が読みやすくなり、また、怖さが際立ちそうな気がしたので、断章を書き連ねることにした。
 本編に入る前に、昌美さんについて軽くご紹介しておく。
 昌美さんは現在五十三歳。
 二子の母で、長女が三十三歳、長男が三十二歳だが、子どもたちの父親とは離婚した。
 現在は八十歳になる実母・常子と二人で暮らしている。
 常子の生家は、かつては広島県竹原市に広大な葡萄畑を持っていた。
 明治時代の初期に建てられた母屋は内蔵造りで、建物の中に土蔵を有した。
 昔は台所の土間に井戸があったが、昌美さんが生まれる数年前に土を入れて埋めてしまった。
 ──彼女の話は、この井戸から始まる。

竹原の井戸と三原の怪物

 竹原にある常子の生家は、百年あまり前から増改築を繰り返していた。
 昭和四十二年、常子の結婚が決まると、両親は井戸を潰して台所を造ることにした。
 井戸は母屋の土間の隅にあった。
 邸の玄関を兼ねた大きな広間の一隅にかまどがあり、そこでご飯を炊いていた。
 洗い物や料理に使う水は、ポンプで汲み上げた井戸水だった。
 土間にはなみなみと水を張った大甕があって、いつも蓋がしてあった。
 ──これらを全部壊して、井戸の辺りに浴室とトイレを造る。
 この計画を両親から聞いたとき、常子は大いに反対した。
「とんだ罰あたりじゃ。井戸を厠にして土足で踏みにじることにならん?」
「もうそがいな時代じゃない」と父は笑った。
 母も相槌を打って、「近頃は里帰り出産いうのが流行っとるそうじゃ。常子がうちで赤ん坊を産むんなら、衛生的なバスやトイレが家の中にあった方がええ」と言った。
 常子の両親は敗戦の挫折から立ち直った世代だ。
 ましてや、ここ広島には原爆が落とされた。
 彼らは、伝統的な価値観を捨てることに躊躇がなかった。
 むしろ旧弊な日本の文物を敵視する傾向さえあった。
 だから、供養や御霊抜きをすることなく井戸を埋め立てた。
 常子は祟りを畏れて助言を試みたが、母は「われはもう他所の家の人じゃ。うちで決めたことに口を出すものじゃない」と言って聞き入れなかった。
 実家の井戸と土間の改修工事が始まったちょうどその頃、常子と夫は、夫の生家がある三原市にいた。
 周囲には里山の景色が広がっている。
 ここに夫婦の新居を建てたらどうかと親戚から勧められた農家の跡地があって、二人で下見をしに来たのだ。
 すでに建物が取り払われて更地になっていた。
 ──ポツンと一つ、緑色に苔むした丸井戸があった。
 咄嗟に常子は実家の井戸を想い起した。
「家は潰してしもうたのに井戸は残したんじゃの。竹原の家たぁ、あべこべじゃ」
 思わずそんなことを言うと、夫は「使えるものなら使わしてもらおう」と言い、常子の手を引いて井戸に近づいた。
「ほら、水が匂うよ。使えそうじゃ」
 夫が話すとおり、井戸端には水の匂いが濃く漂っていた。
「蓋がないけぇよ。じゃけぇ水気が感じられるんじゃ」と常子は夫に応えた。
 そして夫婦は肩を並べて井戸の縁に手を掛け、中を覗き込んだ。
 奈落の底に水鏡がある、と、思ったのも束の間、水の面を割って巨大な顔が現れた。
 白くのっぺりとして能面を思わせる面差しだが、井戸を塞ぎそうなほど大きい。
 それが、グルグルと旋回しながら猛烈な速さで上ってきた。
 腰を抜かした常子を夫が引き起こして、井戸から逃れた。
 必死で走り、充分に離れたと思ったタイミングで、二人は井戸の方を振り返った。
 顔は、大量の水を滴らせながら井戸の縁より高く昇っていた。
 四肢は無く、代わりに太い蛇体がうねうねと波打ちながら、重たげな頭部を支えている。
 蛇が鎌首をもたげるのとそっくりな仕草で顔がこちらを向いて、目と目が合った。
 途端に常子は失神した。気づいたときには化け物は井戸の中に消えていた。

――続きは書籍にて

著者紹介

川奈まり子 (かわな・まりこ)

八王子出身。怪異の体験者と土地を取材、これまでに6000件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としても活躍中。
単著は「一〇八怪談」「実話奇譚」「八王子怪談」各シリーズのほか、『僧の怪談』『怪談屋怪談』『家怪』『実話怪談 でる場所』『迷家奇譚』『少年奇譚』『少女奇譚』『眠れなくなる怪談沼 実話四谷怪談』など。
共著に「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「現代怪談 地獄めぐり」「怪談百番」各シリーズのほか『怖い日本の名城』『たらちね怪談』『人形の怖い話』『実話怪談 恐の家族』『実話怪談 犬鳴村』『嫐 怪談実話二人衆』『女之怪談実話系ホラーアンソロジー』など。
日本推理作家協会会員。

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