「5年後も、僕は生きています ㊳相談を受ける立場に]
㊳相談を受ける立場に
吉尾さんからの依頼で“法則編”の第1稿を書き上げた頃ですから、2019年の3月頃だったと思います。
僕が退院した頃、「捨我得全(しゃがとくぜん)」の言葉を教えてくれた吉井さんから連絡が入りました。
「実は、刀根ちゃんに相談があるんだ。私の親しい人が、ガンになってしまってね…そのことで…」
「はい、僕でよろしければ、いつでも」
数日後、吉井さんが友人の女性を連れてやって来ました。その女性は僕が吉井さんにお世話になっていた頃、何度か挨拶程度の会話をしたことがある人でした。
「ご無沙汰しています、刀根さん、私のこと、覚えています?」
「ええ、もちろんです。でも以前お会いしたときは、もっと…」
「ええ、そうそう、もっと太っていたわね、ははは」その女性はガン患者とは思えないほど明るく笑った。
「えっと実はね…」
昨年の10月に乳がんが見つかり、手術をしたものの、今月のあたまに肝臓への転移の疑いがある、と診断を受けたとのことでした。
「もう、どうすればいいのか、分からなくてね…」
横から吉井さんが言いいました。
「そこで、刀根ちゃんのことを思い出したんだ。刀根ちゃん、病院の治療の他にもいろいろなことをやっていたよね。そういうこととか、教えてほしいんだ。なにより、ステージ4から生還した刀根ちゃんと話してもらうことが大切だと思ったんだよ」
僕もそうでした。生還者と会うこと。これが一番の最高の薬です。
「はい、僕でお役に立つのなら…」
僕は自分がガン体験で学んだことを話しました。
まずは生活習慣や食べ物のこと。
肉はなるべく食べず、特に牛や豚は厳禁。食事は野菜を中心に食べること。
小麦粉などの加工食品、牛乳やチーズなどの乳製品も極力避ける。
逆にきのこや海藻、納豆などの発酵食品をたくさん食べて、腸内環境を良くすること。
夜は早めに就寝し、10時から午前2時までの身体を修復するゴールデンタイムに熟睡していることを心がける。
ガンは35℃くらいの低体温を好むので、身体を温めて、体温を36.5℃くらいまで上げること。それには入浴が一番手軽。陶板浴に行けるのであればもっといい。
岩盤浴でなく、陶板浴。その違いは陶板浴の中の床や壁に使われている陶器の板は特殊な溶液がコーティングされていて、常にマイナスイオンを発しているからで、室内にマイナスイオンが満ちあふれている。
その活力のある酸素を吸い込むことで、身体に溜まった活性酸素を除去していくことができる。
こういった知識的な事とともに、やはり一番大切なのは、メンタル、こころの部分です。
彼女は、いろいろな人の人生相談を受けるのが仕事でした。
その献身的な仕事ぶりはすさまじく、料金を取らずにサービスをしたり、深夜遅くまで他人のために走り回ったりする生活を、もう何十年も続けていのです。
僕はこうした“生き方”がガンを作り出してしまったのではないかと感じました。
“自分”よりも“他人”を優先してしまう生き方です。
僕は、思います。
ガンは“もうちょっと、自分を大切にしようよ”“他人ばかりじゃなく、自分を愛そうよ“”他人のためでなく、自分の人生を生きようよ”と呼びかける『コーリング(呼び声)』なのです。
僕が感じたことを伝えると、吉井さんと彼女は納得したように帰って行きました。
それからしばらくして、僕がガンからの生還したことを伝え聞いた人たちからの、相談が舞い込んでくるようになりました。
それは僕がやっていたボクシング業界の人だったり、心理学を教えていた人の関係だったり、実に様々、いろいろな人たちでした。
次に会った女性は、大腸ガンのステージ2と診断されたばかりで、予想外の宣告に頭が真っ白になり、なにをどうしていいのか、という状態でした。
「わたし、もうなんだか、よくわからなくなっちゃって…」
「と、いいますと?」
「ええ、なんか他人事みたいな気もして…」
心の機能というのは上手に出来ています。
精神的にあまりにショッキングなことがあると、それを真に受けない、というか受け止めないような防御壁を作って自分の心を守ろうとする。
つまり、感じなくするのです。
僕は医者じゃないので、治療的なことは詳しくないし、ましてはその指導なんて出来ません。
でも、僕が体験したこと、食事や食習慣、そしてなによりメンタル、精神的なことに関しては話すことが出来ました。
話をしているうちに、ガンは身体に溜まったネガティブなエネルギーが作り出す話になりました。
僕のガンは、僕の中に溜まった“悲しみ”が作り出したもの、そういう話です。
僕の体験危機ながら、その女性が涙を流し始めました。
「刀根さんの話を聞いていると、なぜか、涙が出てきてしまって…」
「いいんです。泣くことは浄化ですから。僕なんて、父親の前でボロボロに泣いていましたからね」
「いま、刀根さんの話を聞いて、わたしなんだか分かりました。わたし、ずっと我慢をしてきたんです」
「と、いいますと?」
「わたし、長女で、いつもしっかりしなくちゃ、弟や妹の面倒を見なくちゃ、親に迷惑をかけないように、私はきちんとなんでもやらなくちゃ、そうやって生きてきたんです」
「…それは、辛かったですね」
「ええ、それが辛い、ということすら、気づいていませんでした。でも、いま刀根さんの話を聞いていて、それが分かりました。私の中にも、そういう“こども”がいたんです。“もっとこっちを見て”“もっと愛して”って言っているこどもが…」
そう言って、彼女は号泣しました。
「自分を愛すること、それがガンからのメッセージだと、僕は思うんです。少なくとも、僕の場合はそうでした」
僕も、もらい泣きしながら言いました。
「ありがとうございます。はい、わたし、これから自分を愛します。自分を大切にします。もう“いい子”は止めます」
彼女は、泣きはらした目で、にっこりと笑いました。
後日、友人から連絡があった。彼女は手術も成功し、転移もなく、元気に退院したそうです。
別の日にはまた違う女性から相談がありました。
「健康診断で肝臓に影が写っていまして、病院からはおそらく間違いなくガンでしょう、と。そこで刀根さんのことを思い出しまして…」
「そうなんですか、それは驚きましたね」
「ええ、来週、もう一度もっと大きな病院で精密検査を受けることになっています。それまでに何か出来ることや、もしガンだったらそのときに何をどうしたらいいのか、教えていただけたらと、思いまして…」
彼女は頑張る人でした。
その原動力は“負けるもんか!”という「負けん気」と「怒り」です。
その怒りは時に他人に対する攻撃となって現れたり、自分に対しての攻撃となって現れたりしていました。
東洋医療・陰陽五行の考え方では、僕の場合の肺は“悲しみ”だったように、“怒り”は「肝臓」に溜まるのです。
彼女はものの見事に「肝臓」に病状が現れていました。
僕はまた、自分の体験を話しました。僕にはそれしか出来ません。
特に、感情を外に出すこと、”怒り”を外に吐き出すこと(僕の場合は“悲しみ”だったけれど)を話しました。
彼女はとても知性の高い女性で、僕の話をすぐに理解し、納得したようでした。
「はい、わかりました。私の中に溜まっている“怒り”を感じて、吐き出すようにしてみます」
僕は彼女が“怒り”を排出することが出来たら、もしかすると来週の検査ではガンらしきものは消えてしまうかも、と思いました。
次の週、彼女から連絡が入りました。
「生検で採った細胞から、私の腫瘍は良性、と診断されました。ガンじゃなかったです! ありがとうございました!」
最初から良性だったのか、それともあれから彼女が何かをしたことで“良性”になったのかは、僕は分かりません。
ただ、良かった、ほんとうに良かった、僕は心からそう思いました。
2022年のいま、本を出版したこともあり、同じような、いえ、もっと多くの人たちから同じような度相談を受ける立場になりました。
イン・ラケチというマヤ語の言葉があります。
「あなたは、もうひとりの私です」
という意味です。
みんな、2016年9月1日の僕なのです。
そういう気持ちで、そういう方々とお話をさせていただいています。
あまりに人数が多すぎ対応しきれない時がありますが、そのときはご勘弁くださいね。
「相談を受けること」が、僕の本業ではありませんので。
㊴へつづく
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