『ファートンいきもの記』【45】 (2023年6月26日)
今日の「いきもの」は≪特警ヤモリ≫である。
奴はラオスの首都ビエンチャンにある有名スポットの一つ「パトゥーサイ(凱旋門)」の敷地内に住んでいた。パトゥーサイの周辺は公園になっていて、木々が多く、噴水もあるため、様々な生き物にとって快適な場所のようである。
夜の散歩のコースとして、いつもここに立ち寄るのだが、そのたびにヒキガエルやヤモリや虫たちに出会うことができる。パトゥーサイの上の方からは夜でも鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。
その中で、公園内の大きめの木を住処としている奴がいた。奴はその木の所々にできた空洞を利用して生活しているようだ。奴は夜行性なので、昼間は木の内部で寝ていて、夜になると動き出す。そして夜の公園はライトアップされたパトゥーサイや噴水の周りにたくさんの観光客が集まるため、かなり騒がしくなる。
そんな賑わいにつられてか、奴も木の空洞から身を乗り出し、一緒に雰囲気を楽しんでいるところを先日見かけた。奴以外のヒキガエルなども噴水や草むらでウロウロしている姿は以前から確認していたので、時折、捕獲して居候になってもらっていた。しかし、奴はもともと警戒心が強い上に、大きな木を砦として活動しているので、簡単には捕獲できなかった。
奴は夜になると大きな声で鳴くのだが、その鳴き声から「トッケイ」または「ゲッコー」と呼ばれている。ヤモリのグループに属しているが、夜に明るめの壁などにたくさん張り付いているホオグロヤモリやヒラオヤモリに比べると、かなり大きなサイズで、身体にはオレンジや白の斑点、尻尾は白と緑のストライプであり、けっこうオシャレである。
それだけ派手な見た目なので、捕獲されるリスクも高まりそうだが、常に「特別警戒」体制をとっているため、捕まえるのは容易ではない。つまり、奴は「『特警』ヤモリ」なのである。3月にラオスに再び住むようになってから、パトゥーサイ以外の場所でトッケイヤモリを何度か見かけたが、何度も捕獲に失敗している。4月初めには奴の強力な顎で噛まれ、歯がないにも関わらず大量出血させられている。その反省を活かし、奴と遭遇し戦うときに備えて手袋を散歩中は携帯している。
数日前から、私はパトゥーサイの木を砦にしている「特警ヤモリ」の捕獲を試みていた。しかし、砦の外に出て、観光客と一緒にお祭り騒ぎしている隙を狙って近づくも、私の気配を察知するとすぐさま砦の中に逃げ込まれてしまっていた。
私の方は逃げ込まれて、ただ諦めるのも悔しいので、奴の砦の様子の調査も同時に続けていた。空洞はいくつもあり、内部でつながっているようで、まるで迷路である。外に通じる穴は4カ所ほどあることもわかった。そのうち1カ所は太い枝の内部をくり抜いたような構造になっているが、先の方だけでなく根元に近い方にも外に通じる穴があった。私はこの場所ならば根元の穴をおさえると、木のさらに内部に逃げ込めないということに気づいた。
そして昨日、この砦に近づくと、いつものように奴がいた。そして私の気配を察知してやはりいつものように内部に逃げ込んだ。スマホの明かりで空洞を照らすと、私が狙いを定めていた先と根元に穴が開いている太い枝の内部で奴は休憩をしていたのである。
捕獲のチャンスが訪れた。私はイメージしていた作戦どおり、根元の方の穴をふさぐため、周囲に落ちていた枝を差し込んだ。すると枝に反応し、奴は低いうなり声をあげた。その枝を細かく動かすと、その動きに合わせて奴は何度もうなり声をあげる。根元の枝を左手でおさえながら、私は先の方の穴に右手で持ったスマホのライトを近づけ、覗き込んだ。
奴はお尻の方が枝で圧迫されたため、先の穴の方に移動してきている。何か危険な状況になっていることに気づいているのだろう。奴は大きな口を開けて、威嚇をしている。再び根元の枝を動かすと、さらに上の方に上がってきた。奴の口は顎が外れるのではと感じるくらい大きく開いている。
差し込んだ枝が内部の壁にぶつかりこすれる音と、奴の低いうなり声の応酬。そのうちに、先の穴の入口に一瞬、奴の顔が出てきた。手袋はしているものの、そこまで手袋は厚手ではないので、思い切り噛まれるとケガをするかもしれないと感じ、手を近づけるのを躊躇する自分がいた。
しかし、先の穴から出て、木の上に逃げていく可能性もある。このチャンスを逃すわけにはいかない。私は決死の覚悟で先の穴に手を入れた。うなり声は一層大きくなった。私は手を入れると同時に、奴の頭を内壁に押し付けるようにした。そして、人差し指と中指をちょうどVサインのような形に開き、奴の首元を挟むようにした。そうして、奴を砦から引きずり出すことに成功したのである。
戦いは終わった。砦の主は囚われの身となった。
戦いから一夜明け、様子を確認するため、私は奴が入っているケージを開いた。すると脱出の機会を狙っていたのか、ケージの隙間から素早く逃げ出そうとした。慌てて捕まえようとしたとき、奴は私の手に噛みついてきた。
そして激痛が走った。このときも手袋をしていたのだが、親指の付け根あたりを思い切り噛まれ、手袋とその内側にある手の皮も一緒に噛まれる形になってしまったのである。奴は一度噛みつくと、スッポンのように簡単には離してくれない。
痛みのさることながら、このまま噛みつかれていると、他に何もできないので困ってしまった。何とか話してもらおうと、洗面台へ。水をはり、その中に噛まれた右手と奴を一緒に沈める。しばらくしても状況は変わらない。奴は爬虫類なので肺呼吸のはずだが、この水中でどうやって呼吸をしているのだろうか。
ようやく5分ほどして、さすがに奴も酸素不足に陥ったようで、手袋から口を離した。そのあとは、悠々と水の中を泳いでいて、さきほどまで私に噛みついていた凶暴さは感じられなかった。
ということで、奴の「とくしゅ(特殊能力)」は「ギロチン」である。奴に手袋なしで噛みつかれたならば、以前と同じように大量出血していたことだろう。今回は手袋越しであるが、かなりの激痛であった。手袋を脱いで噛まれた部分を確認すると、くっきりと噛んだ跡が残っていた。その後でこの記事を書いていて、ふと噛まれた部分をみると赤くなっていた。
久しぶりの捕獲なので奴の様子を観察するのだが、ヒキガエルに比べると、ヤモリはストレスに弱い気がしている。ヒキガエルは何カ月という長期にわたって居候生活していても元気だが、ヤモリは2週間くらい生活してもらっていると、ある日いきなり痙攣をおこしたり、歩き方が変になったりして、そのあと死んでしまうことがこれまでもあった(「くる病」などになるようだ)。そのため、早い段階でリリースしようと思う。
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(以下で今日の「いきもの」をスライドにて紹介)
(動画も紹介)
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いろいろな「いきもの」の様子を紹介しています。『「ファー」ブル昆虫記』と『シ「ートン」動物記』を組み合わせたような「いきもの」紹介です。日…
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