進化心理学のすすめ④(感動する心)
なんで感動するんだろう
私は三浦綾子の小説が若い頃から好きで、ほぼ全作品読みつくした。代表作である「氷点」や「塩狩峠」は何度読んでもクライマックスシーンで感動する。私の好みの小説家は三浦綾子や宮部みゆきのような感動のツボを心得た天性のストーリーテラーばかりだ。
ジーンと心に響いて涙がでてくるのにはいくつかのパターンがある気がする。例えば、「氷点」の主人公の陽子が遺書で自分の思いを吐露する描写や、「塩狩峠」の主人公の信夫が自分を犠牲にして仲間を救うシーンなどだ。漫画の「ワンピース」でルフィが友情や正義のために戦うシーンなんかもリアリティのかけらもないがなぜか心に響く。
感動の仕組み
感動が高まると脳内ではドーパミンが大量に分泌されることがわかっている。ドーパミンによって脳の報酬系が活性化され、快感、幸福感を感じるのだ。そして副交感神経が優位になり涙腺を刺激して涙がでると言われている。同時に幸福感を感じるセロトニンやエンドルフィンといった脳内ホルモンも分泌される。他人への共感や利他行為を促す仕組みが我々の心に刻まれているのである。
集団にとって共感は大事な仕組み
このような心の動きはどのような仕組みによるものなのだろうか。なぜこのような機能が人間の心に残ったのか。このような心の機能が進化心理学の生存と繁殖にどのように有利に働いたのか。
共感とはすなわち他者の苦痛や喜びをあたかも自分事のように感じとる能力と言えるが、それは集団生活や集団の利益のためには重要な機能と言える。
ある研究では、共感力の高い個人ほど、見知らぬ人に対しても援助行動をとる傾向が強いことが示されている。やはり共感力は良い人の条件なのである。
進化心理学者のロバート・ボイドとピーター・リチャーソンは、集団間競争が人間の協力行動と共感の進化を促進したという「文化集団選択説」を提唱している。共感能力の高い集団は、資源の配分や集団内の紛争解決がスムーズに行われ、結果として集団全体の生存率が向上したというものだ。
つまり、共感は単なる「優しさ」ではなく、人類の集団生存と繁栄に不可欠な能力であったのだ。現代でも共感力のかける人とは仲良くなるのは難しいし、そのような人は場合によっては仲間外れにされてしまう。みんなが悲しむ場面で平気な顔をしていると「冷たい人間」と毛嫌いされることになる。
サイコパス
冷たい人間で真っ先にイメージするのはサイコパスである。サイコパスとまでは言えないものの、この傾向を持つ人は世の中に一定数存在する。共感力の低い人だ。一般的にサイコパスは、人の感情を理解できず、平気で無慈悲なことをすると言われる。目的達成のためには情け容赦ない。誰もこんなタイプの人間と関わりたいとは思わないだろう。
では、なぜこのようなタイプが淘汰されずに人類の中に存在しているのか。それは集団にとって時に必要な存在だからというのが有力な説だ。危険を伴う新天地に集団を導く場合や、新しい発見をする場合だ。いわゆるパイオニアやファーストペンギンとしての役割である。
このタイプの人が組織のリーダーである場合は、リーダーシップや決断力に優れた存在と言われる。サイコパスタイプは恐怖や不安を感じにくいため、リスクを伴う状況でも冷静に判断し、思い切った行動をする。マキャベリズムを地でいくタイプで、目的達成のためなら人のことなど考えない。スティーブ・ジョブスやイーロン・マスクなどはこの類だろう。相手の事情に関係なく成果を要求する。部下が役に立たないと思ったら平気で首を切る。しかしこのようなタイプは社会的には重要な役割を演じているのだ。集団を新しい世界へと導くのである。ただし、上司にはしたくないタイプだ。
幸せの条件
人生の目的の一つが「幸福」であるなら、感動や共感は、幸福になる(幸福を実感する)ための重要な要素と言えるだろう。各種研究でも感動体験が自己成長を促し、幸福感を高めることが示されている。共感力は他者との深い絆をつくる原動力となる。他者との質の高いコミュニケーションや信頼関係は幸福な生活の基盤だ。仕組みはどうであれこれらの感情は充実した人生のための大事な要素なのだ。