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ドライスター(ショートショート)

「乾燥させた星、ですか?」
 店員さんの話を聞いて、僕は感嘆の声をあげる。雑貨店の片隅。数種類のスパイスが販売されている区画でのこと。
「ええ、乾燥させた星です」
 そんな風に返す店員さんの手には、実験室の標本を入れるくらいのサイズのガラス瓶が握られていて、その中には確かに、星の形をして干からびている、というか、乾燥させたものが入っている。
「スターアニスとかじゃなくて、ですか?」
「スターアニス、よくご存じですね! ええ。でも、あれとは別の、正真正銘、星を乾燥させたものです」
 僕はガラス瓶を覗き込む。見た目は完全にスターアニスのそれなのだけれど。
 スターアニスというのは、スパイスとして使われる植物のひとつで、見た目がまさに星のような形をしている。

「証拠にひとつ、使ってみますか」
 店員さんはそんなことをいい、瓶の口を開けてひとつそれをつまみ上げた。微かになにかがこぼれ落ちたように見えた。僕の見間違いで無ければ、青白く発光していたような気がする。
 取り出されたそれは、濃い茶色をしていて、けれども光の当たり方によって、マット感のある紺色になる。
「綺麗ですね、これ」
「ええ、そうでしょう」ふたりしてそれを覗き込む形になる。
「では、行きますね」
 そう言うやいなや、店員さんは指先でパキリとそれを割った。その瞬間、空気中に光の粒が舞い上がる。
 まるで天の川のようにキラキラと広がって、店内にじんわりと広がっていく。
 おお、と小さく声を上げると、店員さんは、こっちを見てみてください。と、左手の上の星を、右手で指さした。それに導かれて、手のひらの上に視線を落とす。
「え、すごい……」
 声が漏れたのは、そこにあったものの美しさによるものだった。
 青白い光。微かに震えるその輝きに、僕は見とれてしまう。
 干し星。ドライスターと呼ぶべきだろうか。それの輝きは、夜空に浮かぶもの数倍の輝きを持っている。想像以上に眩しくて、少し目を細める。
「乾燥させているからか、もともとの星よりも輝きが濃縮されているんです」
 隣で手のひらをサンバイザーみたいにかざしながら、店員さんは話す。
 なるほど確かに、食べ物を乾燥させると味が濃縮するというし、それと同じ感じなのかもしれない。
 そういえば、先ほどから店内も夜の涼しい空気に満たされているような気がする。これもドライスターによるものかもしれない。
 あれ、まだ夜になるような時間じゃないよな、と思いながら、窓の外を見ると、街はまだ真っ昼間の陽光に包まれている。
「まだお昼じゃないですか……」
 外の景色を眺めながらそう呟くと、店員さんは、僕が何を言わんとしているのか理解したようで、「これを使うと夜の香りが強くなるから、時間感覚がおかしくなっちゃうんですよね」と笑いながら言った。

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