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バウムアナナス(ショートショート)
知り合いの家でバウムアナナスなる植物を育てているという話を聞き、見せてもらいにやってきた。
案内されたのは深い森の中で、少なくとも植物を育てていそうな畑はどこにも見当たらない。
「ここにあるの? バウムアナナスっていう植物が」
「うん、そう。すぐそこにあるじゃん」
彼はそんなふうに言うけれど、それらしき場所はどこにも見当たらない。
「……どこ?」
あたりをキョロキョロと見回している僕に、彼は言う。
「ははぁ、さては名前の意味を調べてこなかったな?」
「バウムアナナスの?」
「そう」
図星だった。
けれど、なんとなくそれを悟られたくなくて、もごもごと口籠る。
「バウムアナナスっていうのは、木の形をしたパイナップルのことだよ」
木の形をしたパイナップル? そんなもの、見たことがない。パイナップルと言えば、トゲトゲのラグビーボールの片側にモヒカンヘアーをくっつけたみたいな見た目が一般的だ。というか、それ以外は見たことがない。
彼の話が本当なら、目の前に生えている木々がそれになるのだろうか。
「実際に見たら分かるかもな」
そう言うと彼は、あらかじめ持ってきていたチェーンソーを取り出し、エンジンを掛けた。
森の中でドルドルと作動音が響き渡る。
安全装置を解除する音。続けて、足元の小枝やら木の葉を踏みしめる音がパキパキとなり、やがてチェーンソーの刃が回転し始める。
ゆっくりと目の前の木にその刃が近づき……。
しゅら、という音とともに木が切れ始める。
木片が飛ぶ代わりに、ジューシーでみずみずしい果汁が飛び散る。あたりはあっという間にパイナップルの酸味を帯びた香りで満たされる。
彼は、手際よくパイナップルを切り倒していく。
斜面に生えているパイナップルに対して、まずは下側半分を三角に切り、続けて上半分の、先程より少し上方にズレたところを三角に切る。ちょうど二つの三角の交わったところでパイナップルが切り離されるかたちになる。
ずるりと巨大な生物が地を這うような音がして、パイナップルは倒れる。
それを数本繰り返し、それらの切り口に何かを塗っていた。彼曰く、切り口からの乾燥や腐敗を防ぐためのものらしい。
一仕事終えて帰ってくると、彼は先ほどのパイナップルを振る舞ってくれた。
サンドイッチにたっぷりのホイップクリームと、バウムアナナスの輪切り。
直径が二、三十センチはあろうかというサイズで、明らかにパンからはみ出している。
一口かじると、まごうことなきパイナップルで、けれど、サイズ感が普段のパイナップルとあまりに違いすぎて頭が混乱してしまいそうになった。