ほろ酔いラメント
「うえーん……」
「おいおい、飲みすぎですって……」
東京の一角にある行きつけのバー。
僕は会社の先輩に連れられて今夜もドアをくぐっていた。
彼女は入店するなり次々強い酒を注文しては、つまみもそこそこにのどにぐびぐびと流し込んでいる。もう何回呷ったか数えるのも諦めた。
「だってぇ……これで失恋6回目! 祝6連敗! どうするのよぉ……ああ、彼氏欲しい……」
ぐずぐずとぐずる子供みたいに、カウンターに突っ伏してむにゃむにゃと喋る先輩に、ため息一つ。
「また探せば良いじゃないですか。婚活なんて、今どき珍しくもないんだし」
「だって、聞いてよ、婚活イベントの受付の人に顔も名前も覚えられちゃってたの。もうあのサイト使えない……」
「それは……ご愁傷様です……」
「あーもう! 飲むっきゃ! ないわ!」
綺麗なレモン色のカクテルを飲み干して、先輩はまたぐにゃんと突っ伏してしまった。
猫のようなしなやかな体。絹を連想させるサラサラヘアー。酒で火照った頬。ついでに甘い香水の香り。
……正直、目のやり場に困っている。
「……男なんて星の数ほどいるんじゃなかったんですか」
「男は星の数ほどいても好きな男は指一本なのよ……」
赤いチェリー色の唇が動くたびに、喉を熱い液体が流れていくのをひしひしと感じる。
「攫ってくれる男の一人くらいは、この世のどこかにいるんじゃないですかね」
何気なく言った、半分冗談の一言。
だけど先輩は、こちらを見てにやりと笑うと、長くて白い綺麗な人差し指で俺を指さした。
「じゃあ、君が攫ってくれちゃうの?」
「なっ……」
とっさに声が出ない。きっと僕の顔は先輩の唇より赤いに違いない。だって、顔から火が出そうなほどに熱い!
しばらく無言で先輩をただ見つめる。
良いのだろうか。僕が、この僕が、彼女を攫ってしまっても……。
「ぷっ……あはは!」
完全に固まっていた僕をさしていた指を下ろして、何やら悶絶し始める先輩。
「ごめ……ごめん。冗談よ、冗談」
何がおかしいのか、必死に笑いをかみ殺す先輩は、ゆっくりとカウンターに倒れ込むと、やがてすうすうと寝息が聞こえてきた。
僕は手元のワインを一口飲んだ後、先輩の形のいい耳に顔を近づけた。
「……僕が攫うんじゃあ、ダメですか?」
きっと僕はほろ酔いだったんだ。
だって、こんなに胸がキュウとなるなんて、それに違いないのだから。
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