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逃れられないじじつ
1月某日
おしゃべりをしに都内へ。秋葉原で乗り換えて、早川書房1階にある「サロンクリスティ」に行く。
秋葉原駅は、外国からの人の方が多いような気がするくらいに外国語(らしき言語)ばかり聞こえてくる。わかりやすいようにと床にはそれぞれの行き先のホームに辿り着けるような矢印がずらずらとある。ただ、その矢印がたくさんありすぎてこれであっているのか不安になるくらいにある。
日本人でも魔界に来た気分になる。自分が日本語がわからなかったら、同じところをぐるぐるぐるぐると回っていたかもしれない。
ホームで電車を待つ。
わたしの前には大きなスーツケースをひとつずつ持つアジア系の父と子(多分)が並んでいる。父(多分)は首から大きなカメラを下げてスーツケースに肘をついてあらぬ方向を向いている。小学生くらいの息子(多分)はスーツケースに馬乗りになってニコニコと何語かわからない言葉で喋っている。聞いていると、ところどころ父の相槌らしき声も聞こえてくる。
後ろからは、韓国語らしき言葉で会話をしている男性の声が聞こえる。韓国語だと思ったけど、本当は違うかもしれない。
電車がホームに到着して、2段階で扉が開くと吐き出されるように人が降りてくる。扉の真ん前にいた父と子は扉の脇に寄ることなく、ただただ立ち尽くしている。吐き出された人の流れが、ふたりで分かれてまたホームへ流れていく。ちょっとだけ、ごめんなさいと思う。
電車の中は、ほどよく混み合っている。ベビーカーを押した母親が幼い男の子の手を引いて反対側の扉付近に立っている。「だっこ〜だっこして〜」と男の子がぐずっているのが電車に乗るとすぐに聞こえる。小声で母親が何かしきりに言っている。「だっこぉぉぉぉぉぉ」と男の子の声が一段大きくなって、車内に「だっこ」という文字が浮かんでいるようになる。
あぁあったよね、わかるよ、、と自分のことのような気がしてきて、反対側の扉付近でぎゅっと手すりを握った。「だっこぉぉぉぉ」「だっこして〜」
私のいる場所のすぐそばから、小さく小さく舌打ちをする音が聞こえた。
ぎゅっと握った手すりが何だか急にぬめぬめする気がしてきて手を離す。反対側の女性は、眉毛をぐっと下げて「しぃぃ」と強めに言った。彼女はごめんなさい、あぁ穴があったら入りたいという顔になっている。すぐ神田駅に着いて降りる。
電車を降りてからも、改札を出てからもずっとずっと、あの小さな小さな舌打ちが追いかけてくるような気がした。
信号待ちの時、あの電車に乗っていたひとみーんな、地球にいるひとみーんな、女のひとから生まれたんだぞ、みーんなみーんな赤ちゃんの頃があったんだから!と思う。別に偉そうにしてないけど、事実なんだからね!と思って友人と待ち合わせをしている場所にむんむんとして向かった。きっと背中から赤い炎が出てたかもしれない(続く)
このひともあのひとも皆、おんなから生まれ出でたね 月は半分